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30年以上の時を経ていま明かされる、ディストピアSF『侍女の物語』の謎
それほど期待されたThe Testamentsだが、何十年も前からThe Handmaid's Taleを愛してきた読者にとっては不安な本でもあった。せっかくの名作の価値を損なう駄作だったらどうしよう?
結論から言うと、駄作ではないが、前作のように歴史に残る名作でもない。前作が紛れもない「文芸小説」だったのに対し、新作はよくある「ディストピア・ファンタジー」のように感じられる。読んでいて面白いが、前作のように、行間から漂う不気味さや絶望感はない。
しかし、前作では不明だった独裁国家Gilead(邦訳版ではギレアデ共和国)の初期、構造、命運、そして主人公Offred(邦訳版ではオブフレッド)のその後などの回答を得ることができるので、アトウッドが多くの読者から受けた質問の回答編としては納得できる。また、アクションが多くて決して読み飽きない。
ギレアデの成人女性にはWife(妻)、Handmaid(子供を生むだけの道具である侍女)、Martha(手伝い)、Aunt(小母)という4つの階級しかない。上流階級の若い女性は学校で良き妻になる教育を受け、十代のうちに年上の司令官や上官の「幼妻」になる。上流階級の家で料理や掃除を行う手伝いには個々の名前はなく、誰もがマーサと呼ばれる。何人のマーサをあてがわれるかでその家の主人の重要さがわかるようになっている。文字が読めるのはカトリックの尼僧のように女子の教育係もつとめる小母だけであり、そのほかの女性は本だけでなく文字を読むことが禁じられている。掟を破ったら広場で絞首刑になるか、罪が軽くて若ければ司令官たち専用の娼婦という運命しかない。
The Testamentsの主要人物は、前回でオブフレッドのサディスティックな教育係だったAunt Lydia(リディア小母)、Kyle司令官の養子として育てられたAgnes(アグネス)、そしてカナダで育った16歳のDaisy(デイジー、読者には「カナダが盗んだギレアデの所有物の象徴的存在」として取り戻したがっているBaby Nicole〔ベイビー・ニコル〕だとすぐわかるようになっている)の3人の女性だ。
描かれるリアルな人物像
この中で最も興味深いのはリディア小母だ。前の世界では元女性判事だったリディア小母がいかにしてGileadの主要人物になったのか、そしてこの国の未来をどう操ろうとしているのかが次第に明かされていく。リディアは「Aunt(小母)」という階級が作られたことにも関わっているのだが、フェミニストであったはずの女性が、ある時点で女性を抑圧する権力層の一部になり、今度はその立場を利用して陰で男たちの権力を削り取る。かといって、個々の女性を救うような慈愛や憐憫はない。ある意味、怪物のような女性だが、多くのフィクションでの善悪がはっきりした主要人物に比べ、リアルな人間の複雑さを感じる。
権力を持つ男の妻になるためだけに育てられたアグネスは、抑圧された世界で育った女性の視点を読者に見せる重要な存在だ。「こんな人生は嫌だ」と思っても、それを感じる自分のほうが悪いので、黙っているほかはないと思い込む。女性にとって学ぶことが悪だと教えられていたら、向上心そのものが悪になる。自己犠牲のみが女の美徳なのだ。
アグネスのような立場の女性は、実際、ディストピアのギレアデでなくても、アメリカ合衆国や世界中に実際に存在する。そして、トランプ大統領の言動を見ていたら、彼が目指しているのはこんな世界ではないかと思えてくる。
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