「五輪」の節目に、北アルプスで若者の希望と没落の象徴をみる
◆錆びた陸橋の正体
岩岳を下りて、千国街道(別名「塩の道」。かつて日本海から信州に塩を運んだ)に沿って、目指す糸魚川に出る大糸線と国道が通る谷底を目指す。
途中、歩道橋にしては幅が広い不思議な陸橋があった。階段ではなく比較的急な斜面を上がって、道路をまたぐようになっている。使われている様子はなく、雑草が生い茂り、側壁は錆びていた。車で通るのも難しそうなこの陸橋、にわかには正体が分からなかった。次に会う地元の人に聞いてみようと思いながらしばらく歩くと、松本ナンバーのワゴン車で納竿中の釣り人がいた。「クロスカントリーのコースだよ。長野オリンピックの時にできたんじゃないかな」。ああ、なるほど。合点がいった。
僕が子供の頃に住んでいたカナダでは、広大な平原がある土地柄が手伝ってクロスカントリースキーが盛んだったが、山がちな日本ではアルペンスキーがメインだ。クロスカントリーが一般に注目され始めたのはノルディック複合で荻原兄弟が活躍した1990年代前半ごろではないだろうか。この地のクロスカントリー用の陸橋も五輪の遺産と言えよう。もう耐用年数ギリギリに見えるが、このまま朽ち果ててしまうのか、新しい競技人口を獲得して建て替えられるのか。これもまた、日本の行末を占うリアルな試金石の一つかもしれない。
◆スキーリゾートの荒廃
高原の絶景を見下ろす「栂池パノラマ橋」の手前で、前回から歩き続けてきた白馬村とお別れ。いよいよ長野県最後の小谷(おたり)村に入る。橋を渡った先は、本格的な上級コースを備えた栂池(つがいけ)高原スキー場である。全国区の白馬エリアの中でもメジャーなスキーリゾートだ。
周辺は旅館・ペンションやレストラン、アミューズメント施設が立ち並ぶ大規模な「スキー場街」を形成しているのだが、人っ子ひとりいない。コロナ下のシーズンオフなので当たり前といえば当たり前なのだが、夏季休業中というより廃業して廃墟になっている施設が目立つ。正直、「またか」という感想。ここもまた、僕の目には、これまで歩いてきた山間地の観光地や町でさんざん見てきた"ゴーストタウン"に映った
僕が青春時代を過ごした80年代・90年代、大学生を中心とした若者たちの誰も彼もがスキーをした。その大半は、競技に熱中したというより、合コンの延長のような男女の出会いの場としてスキー場に殺到した。2000年代になるとストリート・ファッションと連動してスキーがスノーボードに置き換わっていったが、今のスマホ世代の若者たちは、スキーであろうがスノボーであろうが、わざわざ山奥の雪山まで行って寒い思いをするのがバカバカしいと思っているのではないだろうか。
なにより、交通費・宿泊代と時間もかかるスキー・スノボーは、「お金と時間の若者離れ」が起きている令和の世に合わない。スキー人口のピークはくしくも長野五輪の1998年。今はその頃の3割足らずまで激減している。廃墟だらけの栂池の光景は、また一つの「昭和の栄光のなれの果て」なのだ。リセットして別の形に生まれ変わるのか、このまま朽ち果てるのか。この旅で何度も反芻してきた思いがよぎる。そして、「無観客の五輪会場」と目の前の閑散とした光景が、どうしても重なった。
◆千国街道から日本海へ
スキー場街を後にして、「塩の道」を進む。やがて、千国の集落に出た。「千国街道」の名のもとになった交通の要衝で、江戸時代の番所が資料館として公開されている。栂池の先の街道筋は、今も宿場町と旧街道の風情が残っていて、歴史を感じながら歩く旅も悪くない。経済活動が行き詰まった「廃墟の町」と、歴史の残り香をたたえた「塩の道「は、同じ"遺産"でありながら、旅人に与える印象は正反対である。
途中、古い家の軒先で「手榴弾消火器」なるものを見た。赤い木箱の中に消化液が入ったガラス玉が3個入っていて、それを手榴弾のように炎に投げ込み、ガラスが割れて飛び散る消化液で火を消すものだそうだ。昭和26年ごろに販売されたとのことだが、70年経った今も現役で使えるのだろうか。オレンジ色の箱に掘られた「手榴弾消火器」の字体にも味があり、こっちの昭和遺産には、なんだかほっこりしてしまった。
千国の集落の先で国道に出て、小一時間ほどで南小谷駅に到着。次回はいよいよ新潟県境を目指す。
今回の行程:白馬ジャンプ競技場 → 南小谷駅(https://yamap.com/activities/1180569)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=19.6km
・歩行時間=6時間53分
・上り/下り=1013m/1277m
※リフト乗車区間含む
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