コラム

米朝首脳会談は「筋書きなきドラマ」なのか

2018年05月29日(火)16時45分

しかし、平和体制を構築するといっても、それを物理的に担保する方法が必要であり、「板門店宣言」では具体的な方法までは言及がなく、3者ないし4者による平和体制に向けての協議で議論されることになる。想定されるのは、在韓米軍の撤退や朝鮮半島への核の持ち込み禁止などであろうが、それでもなお、北朝鮮の体制の安全が保証されるという確信を持てるかどうかはわからない。ひとえに北朝鮮がアメリカに対してどの程度、そのコミットメントが信頼出来るかという点が重要になる。

その意味で、5月8日にトランプ大統領が発表した、イラン核合意離脱は、北朝鮮が求める平和体制の構築に向けて大きなマイナスのイメージを生み出すことになったと思われる。アメリカが一度は合意した国際的な約束を、政権が変わったからといって破棄することは、朝鮮半島における平和体制に関しても、同様のことが起こりえることを示唆する。北朝鮮がこのイラン核合意に対してどのように受け止めているのかははっきりしないが、明示的に反応しないということは、ネガティブなコメントを発することで、融和ムードに水を差すことを避けるためだったのかもしれない。

いずれにしても、このイラン核合意離脱のプロセスから、やや米朝首脳会談に向けての流れが少し変わっていった。

ボルトン発言と北朝鮮の反応

こうしたムードの変化が急激に現れたのが、5月16日に米韓合同軍事演習への反対を理由に南北閣僚級会談を急遽中止したこと、さらには北朝鮮の金桂冠第一外務次官が発表した談話の中で、「リビア方式」を主張するボルトン補佐官を名指しで非難し、一方的なCVID(Comprehensive, Verifiable, Irreversible Dismantlement/Denuclearization、包括的で検証可能な不可逆的核廃棄/非核化)を押しつけるのであれば米朝首脳会談を中止すると発表するという二つの大きな変化が現れた時であった(「リビア方式」については本コラムの記事を参照)。

米韓合同軍事演習(「マックス・サンダー」)は南北首脳会談の際も北朝鮮は反対せず、南北閣僚級会談が決まる前から予定されていたことだけに、その中止は様々な憶測を呼んだ。一つには、北朝鮮は意図して南北関係をこじらせ、自らが主導権を握っていることを示そうとしたこと、もう一つは、北朝鮮内部でも急速な変化に対して抵抗があり、金正恩の意思に反して南北融和と米朝交渉にブレーキをかけようとする勢力があるかもしれないということであった。前者であれば、金正恩のイニシアチブでようやく手にした米朝首脳会談を失うリスクを背負って南北交渉で主導権を握ろうとする理由が定かでないだけに、後者である可能性も否定出来ない。

しかし、より多くの注目を集めたのは金桂冠次官の声明である。彼は金正恩の懐刀とも言われ、長い間外交部門で主導的な役割を果たしてきたこともあり、金正恩の意思に反してこのような声明を出すことは考えにくい。ゆえに、アメリカに対して批判的な態度をとり、米朝首脳会談を失うリスクを取ってでも、こうした声明を出す理由があったはずである。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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