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米朝首脳会談は「筋書きなきドラマ」なのか
それは、北朝鮮が「リビア方式」と呼ばれる非核化を先に進め、制裁解除を後にするプロセスを毛嫌いし、体制保証を確実なものにすることが最重要課題であることを示したことであり、もう一つは、強硬派であるボルトンを名指しにすることで、米朝首脳会談のプロセスから彼を外そうとしたということである。ただ、「リビア方式」が元々ボルトン補佐官の持論であったとはいえ、これについて言及したのは4月29日の複数の日曜討論番組であり、北朝鮮はこれらの番組での発言に反応したものと思えるが、5月16日まで2週間以上も時間が空いているのは気になるところである。
この金桂冠声明に対して、トランプ大統領は即座に反応した。5月17日にはカメラの前で「リビア方式については検討していない」「北朝鮮との合意が出来れば金正恩は安全であり、韓国と同様に豊かになれる」と発言し、火消しに勤めた。この時点では、北朝鮮が先に揺さぶりを仕掛け、アメリカがそれに対してリアクションせざるを得ない状況に追い込まれ、交渉の主導権は北朝鮮にあるように見えた。また、アメリカは北朝鮮に対してまとまった戦略を持たず、ホワイトハウスの中でも発言が一致しないなど、準備不足と一貫性の無さが露呈した状況となり、その後の米朝首脳会談の行方が危惧された。
やり過ぎた北朝鮮とトランプの反撃
金桂冠声明で主導権を得た北朝鮮に対し、トランプ大統領が折れる形でリアクションしたことに対し、トランプ政権内でも納得がいっていないところはあった。ペンス副大統領は5月23日のFOXニュースのインタビューで「大統領が明らかにしたように、金正恩が合意しなければ、リビア方式が迎えたような終末となるだろう」と発言し、トランプ大統領が否定した「リビア方式」を再度持ち出した。しかも、トランプ大統領があたかも「リビア方式」を堅持しているかのような言いぶりであった。
これに対して、北朝鮮は強く反発し、崔善姫外務次官は5月23日に「無知で頭の悪い副大統領のコメント」「政治的な愚か者」とペンス副大統領を名指しで攻撃し、「米国が我々の善意を冒とくし、非道に振る舞い続けるなら、朝米首脳会談を再考する問題を最高首脳部に提起する」と発言した。これらの表現は、5月16日の金桂冠次官と同様、「リビア方式」に対する過剰反応でもあったが、同時に強く押せばトランプ大統領はまた折れると見ていたのかもしれない。
しかしながら、トランプ大統領はこれまで「交渉は強い立場で押して押しまくる」ことを交渉の基本と考えている人物であり、二度も折れるということはさすがに出来なかったのであろう。ボルトン補佐官も「このままでは下手に出ていると見られる」と警鐘を鳴らし、強気に出る作戦に変更したといわれている。
その結果、この崔善姫発言の直後である5月24日に金正恩宛書簡を送り、「激しい怒りとおおっぴらな敵意」がある中で首脳会談を開催することは出来ないと反撃し、「北朝鮮が核能力などと言うが、こちらはより多く、より強力な核がある」と核の威嚇を含めた脅しすらかけた。と同時に、この書簡では気が変わったら書簡を送るなり電話をかけてくれ、と首脳会談を開催する意欲は見せ、完全にこのプロセスを終わらせることはしないことも明示した。
この書簡はトランプ大統領が後述したものを筆記したと言われており、公的な外交文書としては極めて異様なスタイルではあるが、この書簡とその後の記者会見で首脳会談を中止し、北朝鮮の「リビア方式」に対する過剰なまでの反応を牽制して、交渉の主導権を取り戻した。
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