コラム

トランプの世界観:イラン制裁再開で何を目指すのか

2018年05月28日(月)17時30分

ポンペオ国務長官がイランに対して「史上最強の制裁を科す」と宣言 Jonathan Ernst-REUTERS

<イラン核合意から離脱し、制裁を強化することにどのような意味があるのか。その狙いと背景を考える>

5月8日にトランプ大統領はイラン核合意を離脱すると宣言し、21日にはポンペオ国務長官がイランに対して「史上最強の制裁を科す」と宣言した。この核合意からの離脱は、大統領選挙中からの公約であったイラン核合意の「破棄」とは異なるものではあるが、しかし、トランプ大統領が「最悪の取引」と呼ぶイラン核合意を否定し、イランに対する敵対的な姿勢を明確にしたことで、アメリカの中東への関わりは大きく変化したことになる。

しかし、多くの論者が指摘しているように、2年近くイランが履行し、核開発の脅威を遠ざける機能を果たしていた核合意から離脱し、制裁を強化することにどのような意味があるのか、何を目的にしているのかがはっきりしない。いったいなぜこのような選択をしたのか、少し考えてみたい。

オバマの世界観とは異なるトランプの世界観

トランプ大統領が選挙期間中からイラン核合意に批判的な言動を繰り返し、何度もその破棄を公言してきたのは、トランプ大統領がイラン核合意の精神を理解出来ていなかったからである。

オバマ前大統領が進めたイラン核合意は、「核なき世界」のスローガンの元、中東において最も懸念されるイランの核兵器開発を封じ込めるために、一定の譲歩をして、イランがウラン濃縮や小規模な重水炉など、核開発に関する能力を一部保持することを認めつつも、核兵器を製造するまで1年以上の時間がかかる程の小さな規模に留め、IAEAの厳しい査察によってそれ以上の核活動を10年にわたって認めないことで、イランが核兵器開発の野心を持たないまま、原子力の「平和利用」に限定するということを想定したものである。

オバマ前大統領が求めたのは、他のNPT締約国と同様、原子力の技術を持ちつつも、厳しい査察を受け、10年経った後も追加議定書に基づく査察をすることでイランが恒久的に核兵器を持たない国家となることであった。また、こうした方針はイランはもちろんのこと、欧州各国や中露も受け入れられるものであり、交渉によって合意に達することが出来るものであり、イラン自身がコミットすることで、より永続的な枠組みとなることが期待されるものであった。

これに対して、トランプ大統領が見ている世界は、アメリカにとってイランは1979年のイランイスラム革命時におけるアメリカ大使館占拠事件、また1983年のベイルートにある海兵隊宿舎爆破事件の黒幕としてのイランであり、イスラエルとアメリカを敵視し、いつか核兵器によって両国を破滅に追い込む野心を持つ国家である。そのため、イランが核兵器開発に繋がるような能力を持つことは一切認めることは出来ず、米イスラエルを敵視する体制が存続することもガマンがならない、という世界観である。

オバマ前大統領はイランと交渉し、イランを徹底的に封じ込める千載一遇のチャンスがあったのに、それを行わず、イランと宥和してその脅威を除去出来なかったとしてイラン核合意を痛烈に批判した。そのため、トランプ大統領はイランの体制転換を最終的な目標に置きながら、「史上最強の制裁」をかけることでまずはその行動を封じ込め、イランを追い詰めることで最終的な体制転換を導きだそうとしているのである。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米テキサス州洪水の死者43人に、子ども15人犠牲 

ワールド

マスク氏、「アメリカ党」結成と投稿 中間選挙にらみ

ビジネス

アングル:プラダ「炎上」が商機に、インドの伝統的サ

ワールド

イスラエル、カタールに代表団派遣へ ハマスの停戦条
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story