コラム

世にも奇妙なホワイトハウス公式文書

2018年11月26日(月)15時55分

Eric Thayer-REUTERS

<サウジアラビアのジャーナリスト、ハーショグジー氏殺害にムハンマド皇太子が関与していると疑われる中でトランプ大統領が出した声明は公式文書として極めて奇怪なものだ。その内容を読み解いてみる>

中間選挙以降、これまで以上に奇怪な言動が目立つようになったトランプ大統領だが、サウジの著名ジャーナリストであるハーショグジー氏(日本のメディアでは「カショギ氏」と表記されることが多い)の殺害に関して、サウジのムハンマド皇太子が関与していると疑われる中で、トランプ大統領が皇太子を擁護する議論は、中でも奇怪なものである。

しかも、その議論がホワイトハウスの公式文書として発表され、後世に残る文書となっているのはなんとも奇妙なものである。日本の報道では、その奇妙さがあまりハイライトされず、皇太子の関与について「明言しなかった」という形で報じられることが多かった(NHK時事通信)。ここではツッコミどころ満載のホワイトハウス文書に逐一ツッコミを入れてみたい。

冒頭から暴走気味

このホワイトハウスの公式文書を開いた瞬間、その奇妙さが目に飛び込んでくる。まずはこの画像から見て欲しい。
suzuki1126.jpg

文書のタイトルは「サウジアラビアを支持するドナルド・J・トランプ大統領の声明」という文書であり、「明言しない」どころか、明白に立場を示すタイトルになっており、ハーショグジー氏殺害を巡って国際世論がサウジ批判を強めている中で「サウジを支持する」と立場を鮮明にするリスクなど全く考慮しない、サウジにおもねるタイトルをいきなり出してくる。

しかも、さらに奇妙なのは「サウジを支持する」と言いながら、最初に何の脈略もなく「America First!」とエクスラメ−ションマークをつけた一言を入れている点である。サウジにおもねることがアメリカ第一とどう関係するのかもよくわからない。そして追いかけるように「世界はとても危険な場所である!」とまたエクスラメ−ションマークをつけた文章で、何がどう危険なのか、何を言いたいのかよくわからない文章が続く。公式文書でエクスクラメーションマークをつけること自体が伝統的な公式文書の作法から言っても異様であり、このようなスローガンだけを投げつけるような書き方は公式文書でなくとも奇妙である。入り口から暴走気味の文書で、その先を読んでいくのが怖くなる。

いきなりイラン

サウジを支持するという文書であるという位置づけのこの声明だが、「世界はとても危険な場所である!」という文章の次に始まるパラグラフでは以下のように進む。


The country of Iran, as an example, is responsible for a bloody proxy war against Saudi Arabia in Yemen, trying to destabilize Iraq's fragile attempt at democracy, supporting the terror group Hezbollah in Lebanon, propping up dictator Bashar Assad in Syria (who has killed millions of his own citizens), and much more. Likewise, the Iranians have killed many Americans and other innocent people throughout the Middle East. Iran states openly, and with great force, "Death to America!" and "Death to Israel!" Iran is considered "the world's leading sponsor of terror."

(一つの例として、イランはイエメンにおけるサウジアラビアに対する血塗られた代理戦争に責任があり、イラクの脆弱な民主主義への挑戦を不安定化させ、レバノンのテログループであるヒズボラを支援し、シリアの独裁者であるバシャール・アサド(数百万の自国民を殺害している)を支えている、などなど。同様にイラン人は中東全域で多くの米国人や無辜の人々を殺害している。イランは、強い勢いで「アメリカに死を!」「イスラエルに死を!」と叫んでいる。イランは「世界的な主導的テロ支援国家」と考えられる)

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=3指数下落、AIバブル懸念でハイテク

ビジネス

FRB「雇用と物価の板挟み」、今週の利下げ支持=S

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、方向感欠く取引 来週の日銀

ワールド

EU、ロシア中銀資産の無期限凍結で合意 ウクライナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story