コラム

米朝首脳会談は「筋書きなきドラマ」なのか

2018年05月29日(火)16時45分

米朝首脳会談が合意されるまで

上記のような仮説に基づき、ここまで(5月28日脱稿時)の米朝間のやり取りを解釈するとどうなるのか、少し展開してみたい。

まず先に動きを見せたのは北朝鮮であった。1月の新年の辞では「米本土全域がわれわれの核攻撃の射程圏内にあり、核のボタンが私の執務室の机上に常に置かれている」と言いつつも、平昌オリンピックに言及し「民族の地位を誇示する好ましい機会になる」「成功裏に開催されることを心から願っています」と述べ、積極的な対話姿勢を見せた。それに反応した文在寅大統領は北朝鮮の代表団を受け入れ、女子アイスホッケーでは南北合同チームを編成して出場させるなどの措置をとり、北朝鮮は金正恩委員長が最も信頼する金与正党宣伝扇動副部長と形式的な国家元首である金永南最高人民会議常任委員長を平昌オリンピックの開幕式に出席させた。

こうした北朝鮮の対話攻勢と、「太陽政策」を継承し南北関係の改善を目指す文在寅政権の相乗効果により、昨年の6回目の核実験とICBMの発射実験によって頂点に達した、北朝鮮の脅威に対する「最大級の圧力」から、一気に南北融和ムードへと移行した。そんな中、3月5日に鄭義溶大統領府国家安保室長、徐薫国家情報院長を特使とする韓国代表団がピョンヤンを訪れ、そこで、金正恩委員長から4月に南北首脳会談、そしてその先にトランプ大統領との対話をしたいとの求めがあった。鄭義溶安保室長は3月8日にアメリカに赴き、トランプ大統領に北朝鮮からのメッセージを伝えると、トランプ大統領は即座に米朝首脳会談に応じる姿勢を見せた。

この時点では、北朝鮮が一方的に対話攻勢を仕掛け、韓国が仲介役を引き受け、メッセンジャーとしてアメリカを米朝交渉の場に引き出す役割を演じた。この時に決定的だったのは、トランプ大統領が自らの裁量をフルに活かし、鄭義溶安保室長と話している間に首脳会談を決定したことである。ここでどのようなやり取りがなされたかはわからないが、少なくともトランプ大統領は、史上初の米朝首脳会談で対話を求める北朝鮮は、きっと譲歩する(強く出れば妥協する)と踏んだのであろう。失敗した時のリスクや、日本や中国などの反応といったことを慎重に検討した形跡はなく、あくまでも直感的に「これは大きなチャンス」と捉えて判断したものと思われる。

南北首脳会談とイラン核合意離脱まで

こうして動き出した米朝首脳会談の流れだが、急激な方針転換に事務方が急遽対応をすることになったが、首脳会談の開催場所を決めるだけでも相当な時間がかかり、開催すら危ぶまれるという状況であった。トランプ大統領は3月の時点で5月ないしは6月上旬と明言していただけに、準備期間の短さが大きな懸念となっていた。

そんな中、4月27日に第三回南北首脳会談、文在寅大統領、金正恩委員長双方にとっては初めての南北首脳会談が開催され、手をつないで38度線を越えるといったパフォーマンスも含めた友好ムード一色で会談を終え、「板門店宣言」を公表した。

ここでは「非核化」の問題を米朝首脳会談に預ける一方、軍事的な緊張緩和と南北にアメリカを加えた3者ないし中国を加えた4者によって停戦協定を平和体制に転換するということが定められた。ここで、北朝鮮は平和体制を築くという文在寅大統領の願望に応えることで、その平和体制を軸に自らの体制の保証を目指すと共に、アメリカを交渉のテーブルに着かせ、平和体制にコミットさせることで、将来的な軍事侵攻を含む選択を難しくすることが出来ると期待していたと思われる。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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