政治と五輪を振り返る──学校や医療の現場から
A MULTIFACETED LEGACY
彼らは決してコロナを軽視してはいない。貫いているのはパンデミックであっても、現実に生じるリスクを低くして教育の機会を提供するという考えである。
大阪府立大学の調査によれば、全国一斉休校で給食がなくなり「困った」と回答した子供は実に31.4%だ。感染が拡大した地域では虐待の増加も報告されている。学校という機能を維持することは、貧困や虐待という感染症以外のリスクから子供を守ることでもある。
オリンピック・パラリンピックの会場や選手村の感染症対策に携わった専門家の1人、感染症コンサルタントの堀成美はこう話す。
「オリンピックで医療逼迫という言葉が使われていたが、あまりに主語が広過ぎると思っていた。どこのエリアの、どの病院の、どの診療科で、何床分のベッドがオリパラに関連する患者を搬送して逼迫していると言われたら対策は打てる。そんな声は届かなかった。私には逼迫という言葉だけが独り歩きしているように見えた」
看護師としての現場経験も豊富な堀は、国立国際医療研究センター感染症対策専門職として感染症対策の最前線に関わってきた。コロナ禍では東京都港区の保健所の支援に早期から入り、オリパラでも一人の実務家として関わってきた。
そんな堀にとってオリパラは、「真夏のマスイベント」以上でも以下でもない。
やるべきことは決まっている。混乱が起きないように選手や関係者にアクシデントが発生した際、現場の医師・医療スタッフで対応できるものとできないものを決め、あらかじめ搬送する医療機関を決めておく。
感染症はコロナだけではない。マラリアなど輸入感染症への備えも要る。熱中症のような想定可能なアクシデントは、会場ごとに想定される患者数をはじき出し、重度の場合は近隣の病院と連携して対応するように手はずを整えておく。
コロナについても想定可能なシミュレーションを関係者で共有したり、施設内のゾーニングなど専門的な知見が必要な対策を施したりはしたが、いずれも基本の域を出るものではないという。
その結果がこうだ。8月9日付の朝日新聞によれば、8月8日までの大会に関係する陽性者は430人で、組織委の業務委託先の業者が236人で最多。大会関係者が109人、選手が29人と続き、医療機関に入院したのは3人だった。社会の懸念よりも低い数字に抑えている。
「ゼロリスクはない以上、陽性者は出る想定で準備をしてきたが、十分に低いと思う。多くの専門家に私たちの対策を説明し、『不十分ならば改善するので、指摘してほしい』とアドバイスを求めたが、具体的な改善策は出なかった」と堀は語った。