最新記事

日本

政治と五輪を振り返る──学校や医療の現場から

A MULTIFACETED LEGACY

2021年9月22日(水)16時50分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

「医療逼迫」の懸念が独り歩き

今年8月19日のことである。東京23区内のある小学校校長は、インターネットやテレビから流れてくるニュースに苦笑せずにはいられなかった。

それはこう報じられていた。東京パラリンピック会場での児童・生徒の観戦について、都の教育委員会が反対の姿勢を鮮明にしたにもかかわらず、都教育庁は「現場から強い要望がある」ことを理由に実施すると言った、と――。インターネットでは「子供たちを感染の危険にさらすのか」といった批判が渦巻いていたが、ここにはねじれがある。

少なくとも、この校長の区で現場から観戦への「強い要望」を訴えたというファクトはなかった。最終的に直前で観戦は取りやめになったが、ぎりぎりまで児童の観戦について「強い要望」を出していたのは明らかに区側である。

東京都も区も子供たちが観戦したという実績を作りたがっていたのは明白だった。そして、現場が最も懸念していたのは、社会が懸念した「観戦によるコロナ感染拡大」ではなかった。

校長会は問題が表面化してからというもの一貫して、「この状況下では全児童のパラ観戦は難しい」と区に声を上げてきた。最も懸念していたのは低学年児童の存在だ。

昨年入学した今の小学2年生は、遠足なども含めて授業時間に校外に出た経験が一切ない。今年入学したばかりの1年生も同じだ。それにもかかわらず、行政サイドは公共交通機関での移動を求めてきて、観戦競技も勝手に割り振ってきた。移動の具体的な方法は現場任せだった。

区側の危機管理は甘過ぎるほど甘かったが、学校現場はパンデミック下の1年半で一定の知見を蓄えていた。彼らが提言したのは、バスでの集団移動ならばリスクを可能な限り低く抑えることができるということだった。

実際に保護者の同意を取って最小限の日程で実施した修学旅行では、マスクを着用してバスに乗り込み、換気も徹底することでコロナだけではなく、通常の学校現場でよく発生するような感染症の広がりも抑えてきた。デルタ株流行後も基本的な対策強化を当たり前のようにやってきた。

現場からの提言を受けて、学校ごとの貸し切りバスでの移動を認めるという回答が来たが、最終的に区は観戦中止を決めた。校長たちに伝えられたのは決定事項のみで、詳しい理由は明らかにされなかった。

「『区の決定は英断』という声がネット上に広がっていたが、私たちからすれば何も意見を聞いてこなかったのは区のほうだ。パラリンピックを観戦させたいという思いばかりが先行して、具体的な方策を考えていない。あらゆるリスクを抑えようと提言してきたのは現場だ。高学年のみ、バス移動ならば修学旅行より難易度は低いので実現できると答えたと思う」(小学校校長)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に

ビジネス

トランプ氏、8月下旬から少なくとも8200万ドルの

ビジネス

クーグラー元FRB理事、辞任前に倫理規定に抵触する

ビジネス

米ヘッジファンド、7─9月期にマグニフィセント7へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中