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アカデミー賞で注目、虐殺の犯人が自演する衝撃作

インドネシアの悲劇を前代未聞の手法で描き出すドキュメンタリー『アクト・オブ・キリング』

2014年3月3日(月)17時28分
ロブ・オブライエン

暴かれた歴史 虐殺の中心人物の1人、アンワル・コンゴ(右)は約1000人の殺害を指示したと豪語する © Final Cut for Real Aps, Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD, 2012

 今年のアカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門に『アクト・オブ・キリング』がノミネートされたのは当然だろう。

 この映画は、インドネシア現代史最大の暗部を暴いた衝撃作だ。冷戦期に起きた多くの事件の中でもとりわけ悲惨でありながら、あまり知られていない大虐殺をテーマにしている(日本公開は4月)。

 監督はジョシュア・オッペンハイマー、製作総指揮に映画監督のエロール・モリスとウェルナー・ヘルツォークが名を連ね、壮大な構想の下に作られた。

 テーマは、インドネシアでクーデター未遂後の65〜66年に軍部の支援を受けて行われた大虐殺。登場する男たちは、大虐殺に加担したことをなぜか自慢げに語る。クーデター未遂後に、いわゆるチンピラから虐殺の実行部隊を率いる立場になった人々だ。

 当時インドネシアでは、クーデターへの関与を問われ、多くの人が殺害された。その数は50万人とも100万人とも言われる。犠牲になったのは「共産主義者」と名指しされた人々、中国系市民、インテリ層などだ。
今もこの虐殺に国が関与したことを認めないインドネシア政府の姿勢に、作品は真っ向から挑んでいる。

 虐殺をテーマに映画を撮ろうと考えていたオッペンハイマーは、被害者への接触を当局から禁止されたため、撮影の対象を加害者に替えた。自分たちが主役の映画が作られると知った加害者たちは、「当時のことをもう一度やってみせてくれ」というオッペンハイマーの言葉に喜々として応じる。

命懸けで製作に加わった現地スタッフ

 製作には7年以上を費やしたが、地元インドネシアのスタッフの献身的な努力がなければ完成にこぎ着けられなかったかもしれない。12年2月、ジャカルタですべての作業を終えた後、現地スタッフは作品公開後にわが身に降り掛かりかねない危険について話し合った。

 微妙なテーマを扱っているだけに、撮影を終えて出国する外国人クルーと違い、彼らはかなり危険な状況に置かれる。

「何が起きても不思議はない」と語るのは、インドネシア人の共同監督で、クレジットには名前を出さず「アノニマス(匿名)」と表記している人物だ。「名前を公にすれば訴えられるか、あるいは法の手続きを経ない問題が降り掛かる恐れがある。後者のほうが厄介だ」

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