最新記事

映画

アカデミー賞で注目、虐殺の犯人が自演する衝撃作

2014年3月3日(月)17時28分
ロブ・オブライエン

 インドネシア人スタッフは国際人権団体などにも相談した。人権団体側は、名前を出せば命の危険もあると警告した。とりわけ危険なのは、この作品が大虐殺の加害者と現在の支配層の関係を暴いたこと。そこで共同監督以下、60人を超えるスタッフの名をクレジットには入れないことにした。

 大きな決断だった。名前を隠せば映画祭に出席することも、賞を手にすることもできない(この作品は既に35の賞を受賞している)。それでも実名を出すのは危険過ぎた。祖国の過去を明らかにするため、スタッフは大きな代償を払った。

殺人者の子孫が今も政府の中枢に

 匿名の共同監督は、国内で上映の手はずを整える役割も果たした。政府の検閲機関に作品を見せず、民兵組織や警察に脅されても各地で上映会を続けた。

 上映会の主催者が「殺す」と脅されたことも2度ある。映画を支持する記事を掲載した新聞社の幹部が暴行されたこともあった。昨年10月、ジャワ島ジョクジャカルタで遺族が催した集会は反共産主義者の襲撃を受け、少なくとも3人が負傷した。

 だが、この作品は新たな対話も生んでいる。匿名の共同監督によれば、被害者の遺族が加害者の家族と会い、半世紀近く前の犯罪について語り合ったという。事件を話題にする人も増えてきた。

 それでも政府は沈黙を守っている。「当局者が映画を見ていないはずはない」と、ドキュメンタリー作家のダニエル・ジブは地元紙に書いた。「見て見ぬふりを決め込んでいるようだ」

 人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンドレアス・ハルソノによれば、今の政治状況で危ない橋を渡るわけにいかないことをスタッフは知っていた。「当時の加害者の息子や親戚が、政府にも地方自治体のトップにもたくさんいる」と、ハルソノは言う。「インドネシアは殺人者の子孫が支配する国と言ってもいい」

 殺人者とのつながりは、現大統領のスシロ・バンバン・ユドヨノにも及ぶ。彼はジャワ島とバリ島で虐殺を指揮したサルウォ・エディ・ウィボウォ特殊部隊司令官の娘婿だ。

 ウィボウォは死期が迫った89年、見舞いに訪れた議会使節団に、虐殺の対象者は少なくとも300万人に上ると語った。彼の息子で、ユドヨノの義弟に当たるプラモノ・エディ・ウィボウォは、今年の大統領選に出馬するとみられている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ヒズボラ司令官ら殺害 世界遺産都市に

ワールド

イスラエル、機会逃さずガザ戦争終結を=米国務長官

ワールド

アングル:マスク氏の100万ドル贈呈、法の限界に挑

ワールド

ガザ北部のポリオワクチン接種、イスラエル爆撃で延期
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:米大統領選 イスラエルリスク
特集:米大統領選 イスラエルリスク
2024年10月29日号(10/22発売)

イスラエル支持でカマラ・ハリスが失う「イスラム教徒票」が大統領選の勝負を分ける

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が出産後初めて公の場へ...夫フセイン皇太子と仲良くサッカー観戦
  • 3
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはどれ?
  • 4
    リアリストが日本被団協のノーベル平和賞受賞に思う…
  • 5
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 6
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 7
    トルコの古代遺跡に「ペルセウス座流星群」が降り注ぐ
  • 8
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 9
    中国経済が失速しても世界経済の底は抜けない
  • 10
    大谷とジャッジを擁する最強同士が激突するワールド…
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の北朝鮮兵による「ブリヤート特別大隊」を待つ激戦地
  • 3
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア兵の正面に「竜の歯」 夜間に何者かが設置か(クルスク州)
  • 4
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 5
    目撃された真っ白な「謎のキツネ」? 専門家も驚くそ…
  • 6
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 7
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 8
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 9
    裁判沙汰になった300年前の沈没船、残骸発見→最新調…
  • 10
    北朝鮮を訪問したプーチン、金正恩の隣で「ものすご…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 5
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 6
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 7
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 8
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 9
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 10
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中