コラム

新型コロナで窮地の習近平を救った「怪我の功名」

2020年05月22日(金)16時59分

欧米の惨状が中国にとっての奇貨に

しかし、それから数カ月経った5月下旬現在、状況は劇的に変わった。政権内の最高指導者としての彼の地位はいたって安泰。一旦延期された全人代も無事に開幕を迎えた。そして以前よりも強まった礼賛が、今や当たり前のように大手を振って罷り通っている。

この数カ月間に一体何か起きたのか。「習近平復活」の理由は一体どこにあるのか。

その理由の1つはやはり、中国国内における新型肺炎の感染拡大がある程度食い止められたことにある。もちろん現在でも、東北地域の黒竜江省・吉林省・遼寧省では集団感染があちこちで起き都市封鎖も実施されているから、感染拡大は「完全に収まった」というにはほど遠い。しかし全体的な状況からすれば、中国における新型コロナウイルスの封じ込めは一定の成功を収めたことは事実である。

そして中国共産党の宣伝部門にとって、この一定の成功は習近平礼賛の再開と、本人の指導者としての名誉・権威回復を図る良い材料なった。国内の感染拡大が徐々に収まっていくのに従い、中国の宣伝機関は全力をあげて習称賛キャンペーンを展開したが、その中で疫病抑制指導小組の責任者である李首相の最前線での奮闘はほぼ完全に抹消された。功績は全て習1人の力というような宣伝ぶりだった。

海外の感染拡大も習近平にとっての名誉挽回の最大の転機となった。3月中旬ごろから、イタリア、スペン、イギリス、アメリカなどの西側諸国は次から次へと新型コロナウイルスの感染拡大に襲われた。各国で医療崩壊が起き、社会が大混乱に陥って死亡者数は驚異的なレベルに達し、まさに阿鼻叫喚の惨状を呈した。西側先進国の中で経済力がもっとも強く医療条件のもっとも良いアメリカでも、この原稿を書いている5月22日現在、感染者数が155万人以上、死亡者数は9万3000人に上っている。

欧米諸国がこういう状況となると、民主主義の常としては野党もマスコミも当然、時の為政者に厳しい批判の矛先を向けるようになった。アメリカでは民主党はもちろんのこと、普段からトランプ嫌いの大手メディアが全力をあげて政権とトランプ大統領自身に集中攻撃の砲火を浴びせた。「無能」、「無責任」といった批判が毎日のように流された。

民主主義国家の中で政権を担当している以上、このような批判を受けるのは当たり前のことであろう。しかし中国共産党の宣伝機関にとって、アメリカ国内で巻き起こったトランプ批判はまさに奇貨そのもの。彼らによる国内宣伝の格好の材料になった。

アメリカ国内で新型肺炎絡みの政権批判・トランプ批判が起きるたび、中国の宣伝機関は喜んでそれを国内で流した。アメリカのメディアがトランプ政権やトランプのことを「無能」「無責任」と批判すれば、中国国民はたいていそれを素直に信じ、「なるほど」と思う。そして、トランプなどの西側の指導者が「無能」「無責任」であればあるほど、中国の疫病対策を成功に導いた習近平の「有能」「責任感」が証明される。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ首相「米との関係維持に全力」、軍事支援一

ワールド

トランプ氏、対ウクライナ軍事支援を一時停止 首脳会

ワールド

中国が対米報復関税、小麦などに最大15% 210億

ビジネス

中国、半導体設計で「RISC─V」の利用推奨へ=関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 7
    バンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に…
  • 8
    米ウクライナ首脳会談「決裂」...米国内の反応 「ト…
  • 9
    世界最低の韓国の出生率が、過去9年間で初めて「上昇…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 8
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 9
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story