コラム

「スラム化した地方」に生きる人々への賛美を表す5枚の写真

2018年02月02日(金)16時10分

From Danny Wilcox Frazier @dannywilcoxfrazier

<しばしば「天才」と称されるベテラン・ドキュメンタリー写真家、ダニー・ウィルコックス・フレイジャー。彼はなぜアメリカの農村部や地方都市を撮り続けるのか>

今回紹介するのは、ダニー・ウィルコックス・フレイジャー。アメリカのベテラン・ドキュメンタリー写真家である。同職の写真家たちがしばしば「天才」と絶賛する数少ない1人だ。

彼の作品の大半は、ごく普通に存在するだろうアメリカの農村風景だ。そうしたイメージの中に、何かに取り憑かれたような感覚を漂よわせている。それも、決してやらせや作りものではない人間ドラマの感覚だ。

おまけに、光や構図、とりわけ被写体と撮影時のカメラとの距離感は、イメージの美しさや力強さが誇張され過ぎる、ぎりぎり一歩手前――最も心地良いと思われるポイント――で抑えられている。

言葉にするのは簡単だが、大半の写真家は、写真が弱くなる可能性を恐れて、無意識にさまざまな要素を誇張してしまう。あるいは引き過ぎて、これまた凡庸になってしまう。そうした罠にはまらず、取り憑かれたような感覚と心地よさとを同居させるのは、簡単にできることではない。

とはいえ、フレイジャーの本当のすごさは、天才性よりもむしろ、運命的な境遇、努力、そして彼自身の強い決意から生まれていた。

すでに触れたように、フレイジャーの作品の核は過疎化が進むアメリカの農村部、あるいは衰退する都市である。そうした作品に固執する理由を問うと、彼はすぐにこう答えた。

「アメリカの農村部は自分のルーツだ」――作品は自分のメタファーになっている、というわけだ。

実際、彼はアイオワ州東部にある当時人口1000人ほどの町、 ル・クレアで生まれ育った。そして80年代、最も多感だったミドルティーン時代に、米中西部を襲った農村危機を経験していたのである。1929年の大恐慌以来とも言われた危機だ。

急速に拡大した市場主義、拡張主義のもとで多くの農家が負債を抱え、破綻していった。失業者たちは生きるために生まれ育った土地を離れて東海岸や西海岸の大都市に向かい、かつて活気があった田園地帯の村や町は急激に過疎化し始めた。アイオワでファミリービジネスを営んでいたフレイジャーの父親も、危機で大きな打撃を受け、それだけが理由でなかったとしても、その後両親は離婚したという。

農村部の崩壊は、ある種のRural Ghetto (田舎のスラム化)を生み出した。教育や医療が実質上存在しなくなってしまったとフレイジャーは語る。心臓発作が起こっても、緊急医療システムが機能しないため、死んでしまうような状況だった。

フレイジャー自身の中にあった「離郷願望」も、運命的に彼の作品に大きな影響を与えた。アートとジャーナリズムを専攻した大学を卒業後(後に大学院でもドキュメンタリー写真・映像フィルムの修士号を取得)、同郷の友人であり、すでに海外で活躍し始めていた写真家デービッド・グッテンフェルダーの勧めもあって、妻と一緒にケニアに移り住む。

プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏のガザ構想は「新機軸」、住民追放意図せず

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story