コラム

再び市街戦に? 空転するイラクの政権

2022年09月01日(木)16時30分

そこに、サドル潮流が常に「路上行動」に戻ろうとする原因がある。同じ政党といっても、サドル潮流の政党行動は、政権を担ってきた与党政党とは大きく異なっている。選挙においては大量の選挙ボランティアを動員し、選挙区の清掃キャンペーンを行い、党主催の大規模のタウンミーティングを開催する。それに対して、与党系の候補者は、豪奢な自宅やオフィスに部族や地域の有力者を招き入れ、有権者の陳情を聞き、貧困家庭を訪れては壊れた道路や電気設備を修復する。地元社会密着型のサドル潮流と、地盤なし上からバラマキ型のCF、というわけだ。

その違いが、サドル潮流に「地元社会を動員できるのは自分たちだけ」という自負を生んでいる。加えていえば、サドル潮流に合流するような貧困層、社会に対する不満を抱えた層は、今のイラク経済の停滞のなかで、増えこそすれ、近い将来生活水準が上がるとは考えらない。

今回の衝突は、とりあえずムクタダ・サドルが支持者たちに暴力停止、グリーンゾーンからの退去を呼びかけて、収まった。しかしこの両者の間に、残念ながら妥協点は見出しがたい。サドル潮流が主張するように再選挙をしたとしても、サドル潮流が単独で3分の2をとれるほどの事態の変化は考えられない。CFもまた、イランの後ろ盾を期待したとしても、イランの決定的な関与が逆効果を生むことはわかっている。サドルの呼びかけの背景に、ナジャフの宗教界トップ(スィスターニ師)の仲裁があったともいわれているが、高齢のスィスターニに、20年前のような威光をいつまでも期待できるとは思えない。

初めての民間登用だったカーズィミー首相のもとで、景観を取り戻したバグダードの市街地も、無党派層向けの政権運営も、つかの間の夢で終わるのか。だが、どの政党も、2006~7年の無法状態の内戦期に戻りたくない、回復した治安を2度と手放したくないと、イラク国民が切実に思っていることくらいは、理解しているはずだ。

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全面改修されおしゃれな外観になった旧市街のムタナッビー通り(筆者友人提供)

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

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