再び市街戦に? 空転するイラクの政権
だが、サドル潮流がクルドやスンナ派と共闘して多数派形成を図ったのに対して、SLCや、2018年選挙で第二党と躍進したが今回振るわなかったファタハなど、シーア派イスラーム主義政党はそれに乗ろうとしなかった。むしろサドル潮流に対抗して、「調整枠組み(CF)」を形成した。CFは88議席を得てサドル潮流に対抗、その結果、両陣営譲らず、膠着状態に陥ることになったのである。
次期大統領にサドル潮流が推すKDPのホシャイル・ズィバーリ元副首相が最高裁によって汚職容疑がかけられて降ろされたり、一方でサドル潮流の「カーズィミー政権の事実上の続投」案も最高裁に否定されるなど、最高裁をも巻き込んでサドル潮流の動きがことごとく封じられるなか、6月になるとサドル潮流は驚きの戦術に出る。自派議員全員に、議員辞職を指示したのである。
議会内にとどまっても動きが取れないなら、と考えたサドル潮流は、議会外から議会に圧力をかける方法をとった。最高裁に議会の解散、改めての議会選挙実施を求める一方で、支持者を大規模デモや集会に動員し、路上での抵抗運動に訴えたのである。サドル潮流退場のあと、CFは首相候補として、CFの中核組織たるダアワ党の出身で、マーリキー政権期に大臣経験のあるムハンマド・スーダーニーを立てる方向で進めていたが、7月27日、これに反発したサドル潮流支持者たちが議会庁舎に2度にわたり乱入した。さらに8月初めには、議会敷地に座り込みをかけて、強引に議会運営を阻止しようとした。
このような流れのなかに発生したのが、8月29日の衝突である。マーリキー率いるCFと、ムクタダ・サドル率いるサドル潮流の、一歩も引かない両者の10か月にわたる拮抗がいずれ正面衝突を招くだろうとは、十分予想されていた。
イラン政策をめぐる対立
なぜ、サドル潮流とマーリキー率いるCFは、ここまで角突き合わせることになったのか。マーリキーは、首相職にあった2008年、サドル潮流の武装組織「マフディー軍」を相手に、バスラで徹底的な掃討作戦を行った。武装解除を余儀なくされたサドルの、マーリキーへの恨みは根深い。
個人的な対立以上によく指摘されるのは、CFの対イラン依存政策に対するサドル潮流の反発である。CFでは、イランの革命防衛隊と密接な関係を持つバドル組織やそれが率いるPMUが中心的な役割を果たしているし、それ以外のシーア派イスラーム主義政党も多かれ少なかれ、イランとの関係を維持している。一方でムクタダ・サドルは、シーア派なのにサウディアラビアを訪問してムハンマド皇太子に会うなど、対外関係で域内大国間のバランスを取ろうとしている。サドル潮流の「謳い文句」のひとつは、反米、反イランのイラク・ナショナリズムだ。
なによりも、今回の衝突の引き金は、ムクタダ・サドルの師匠筋にあたる在イランのカーズィム・ハーイリー師が、健康を理由に引退を決めたことにある。引退に当たってハーイリーは、支持者に対し、今後はイランの最高指導者、ハーメネーイに寄付金を納めるように、と言い残した。つまり、イラクにいるハーイリー師事の信者たちは、寄付金を自国に還元するのではなくイランに差し出せ、と言われたのである。これが、サドル潮流支持者の反イラン感情を刺激した。師匠から無視されたも同然のムクタダ・サドルは、「政界からの引退」を表明、その結果タガが外れた支持者たちが宮殿急襲の暴挙に出たのである。衝突の過程で、二年半前に米軍に殺害されたイラン革命防衛隊のカーセム・スライマーニの肖像を破り捨てるサドル支持者の姿もみられた。
だが、イランに対する姿勢ばかりがCFとサドル潮流の対立の軸ではない。むしろ根本的に相いれないのは、両者の支持基盤である。CFを構成するダアワ党系の選挙ブロック(マーリキー率いるSLCやアバーディ前首相率いる勝利連合)やISCI(イラク・イスラーム最高評議会)系の選挙ブロック(PMUを中心としたファタハやISCIから分派した知恵連合)の共通点は、いずれも2003年のイラク戦争まで在外に亡命し、当時のフセイン政権が米軍によって倒されてから帰国して戦後政権を担ってきた、ということである。それに対して、サドル潮流は、イラク戦争以前からイラク国内にいて、フセイン政権時代に面従腹背、ひそかに反対運動をしてきたという経歴を持つ。亡命組と国内組という違いとともに、米軍の協力を得て2003年以降の戦後政権を担ってきた政治エリート化した前者と、本当のイラク社会の底辺を代表するのは自分たちだという自負のもとに社会運動を展開してきた後者、という違いが、明々白々だ。
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