コラム

トランプ中東和平案「世紀の取引」に抵抗しているのは誰か

2020年02月18日(火)18時20分

こうした国連の国際法、国連決議優先姿勢に対して、イスラエルはもちろん、アメリカはこれらの決議にことごとく反対、拒否権を行使してきた。そのぶん総会決議では、数限りないイスラエル批判決議が採択されてきたが、拘束力のない国連決議ゆえ、イスラエルを順守させることはほとんどできない。そのことに、国連が苦々しく感じてきたことは明らかだろう。

だが、国連安保理決議のなかでも、米政権が拒否権を行使せず棄権に留めたため採択にいたった決議はある。イスラエルによる東エルサレム併合を無効とした安保理決議252、1979~80年に多数採択されたイスラエル占領地での入植を問題視する諸決議、1989年、1992年のイスラエルによるパレスチナ人の追放を非難する諸決議、2000年の当時イスラエル首相候補だったアリエル・シャロンの東エルサレム訪問で住民対立が「挑発」されたことを問題視する決議1322などだ。

特に民主党政権期には、国際法に真っ向から反対する政策は比較的避けられてきたといえる。すでに1995年、米議会は大使館のテルアビブからエルサレムへの移転を決定していたが、クリントン政権はこれを実行しなかった。イスラエルの入植についても、オバマ政権が任期終了直前に、イスラエルの入植を禁止する国連安保理決議2334に対して拒否権を行使せず、ただの棄権にとどめたことは、記憶に新しい。そのぶん、共和党政権時代にこそ、アメリカもイスラエルも国連、国際法の制約を考えずに物事を進めようと考えるのだろう。

まさに、入植とエルサレムを巡る問題は、国連のスジ論とアメリカのパワーの戦いの争点であり続けてきたといえる。だからこそ、今回のトランプによるあからさまな国連軽視に、国連も何もしないわけにいかなかったのだろう。12日、アッバース議長が安保理決議提案をあきらめたその日、国連人権委員会は、ユダヤ人入植地に関与して経済行為を行っていることが違法行為だとして、112の民間企業を名指しで非難した。ほとんどがイスラエル企業だが、なかには民泊仲介サイトのAirbnbの名前も上げられた。ポンペオ国務長官はすぐさま、米政権がこの違反者リストの作成、公開に反対してきたことを発表している。

だからといって、国連になにかできるというわけではない。国際政治において、リベラリズムは死んだといわれて久しい。それでも、蟷螂(とうろう)の斧を振り上げざるをえない人々は、いる。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

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