コラム

トランプ中東和平案「世紀の取引」に抵抗しているのは誰か

2020年02月18日(火)18時20分

そもそも、トランプ政権のこうした親イスラエル政策は就任時から明言されており、前述のエルサレムへの大使館移転のみならず、UNRWAへの資金拠出を停止するなど(2018年9月)、パレスチナへの圧力を強めてきた。2019年3月には、イスラエルが1967年の第三次中東戦争で占領したシリア領のゴラン高原においてイスラエルの主権を認めるとし、また11月には、ポンペオ国務長官が西岸地域でのイスラエルの入植が合法であるとの発言を行っていた。

つまりトランプ政権としては、着々と「世紀の取引」を進めてきたのである。今回改めて「和平案」として提示されたのは、自身の米大統領選に向けての選挙対策もあるが、3月に予定されているイスラエル総選挙に向けたネタニヤフ政権への応援の目的がある。総選挙での接戦とやり直し選挙の繰り返し、収賄罪での起訴など、ネタニヤフは窮地に立たされてきたからだ。着々とした流れをこれまで誰も止められなかった以上、今になって止められるものではない。パレスチナ自治政府自体、なすすべがないとった体 である。米政権に従うしかないパレスチナ政府に対するパレスチナ人の批判、反発も高まっている。

トランプのあからさまな国連軽視

だが、ここで注目したいのは、このトランプ案にきっぱり抵抗を示している組織があることだ。それは、国連である。国連事務総長広報官のステファン・ドゥジャリクは、トランプ案提示のあと、「国連は国連決議や国際法、相互協定を基礎として、1967年以前の認められた境界のうちでの平和と安全を享受できるように、二国家共存案を堅持する」と述べたが、ここでいう「国連決議や国際法の順守」、「1967年以前の認められた境界」のいずれにも、「世紀の取引」は違反している。

国連が特にこだわるのは、イスラエルによる入植地の拡大や東エルサレムの併合の違法性である。これらは、占領地の地位変更にかかわることであり、ジュネーブ協定が定める占領地における「文民たる住民の保護」の義務に反している。1980年に採択された「アラブ占領地におけるイスラエル入植地に関する国連安全保障理事会決議465」の文言が、そのことをよく表しているだろう。


エルサレムを含む1967年以来のパレスチナ及びその他のアラブ占領地の物理的性格、人口構成、制度的構造又は地位を変化するためにイスラエルがとったすべての措置は、法的に効力を持たないと決定し、かかる占領地に自国民と新移民の一部を入植させるイスラエルの政策と措置は、戦時における文民の保護に関するジュネーブ第四条約に対する重大な違反であり、また、包括的、公正かつ永続的中東和平達成にとって重大な障害となっていると決定する。(中略)イスラエルが引続き、かかる政策と措置を継続し、固執していることを強く遺憾とし、イスラエル政府及び国民に対し、このような措置を中止すること、既存の入植地を撤去すること、特にエルサレムを含む1967年以来のパレスチナ及びその他のアラブ被占領地における入植地の設置、建設及び計画を緊急に停止するよう要請する。(中略)すべての国に対して、占領地における入植地に関し、利用されうる如何なる援助もイスラエルに与えざるよう呼びかける。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

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