コラム

米軍シリア空爆は、イスラム社会の反米感情を煽るだけ

2017年04月10日(月)13時00分

首都ダマスカスで米軍の空爆に抗議する人々 Omar Sanadiki-REUTERS

<現地社会へのインパクトを無視して実施された米軍のミサイル攻撃。シリアではアサド政権の支持派、反対派の双方に軍事介入への反発を残すだけ>

トランプ米大統領の突然のシリア空爆には、驚いた。トランプ政権の対中東政策は、ビジネス優先で得にならないことはやらない、というのが基本だと、誰もが思っていたからだ。

シリア内戦に関して、「ISを叩く」との方針は別にして、トランプ政権は明確な方針を示してきたわけではない。とはいえ、その底流には、反アサド勢力に肩入れしても先行き展望はない、といった認識があっただろう。

ロシアとトルコが足並みを揃えており、アサド政権を支えるロシアとトランプ政権の関係が蜜月にある以上、シリア内戦でアサド政権を否定するのは勝馬に乗る行動とは言えない。化学兵器の非人道性、などというオバマ的「人道主義」は、トランプ大統領が一番考えそうもないことだ。

などなどを考えれば、空爆を決断したとはいえ、それでトランプ政権が、アサド政権を倒し反アサド派を推す方向に政策転換した、とは言えないだろう。多くの識者が指摘するように、ロシアやイランに主役の場を奪われている現状に、なんとか米国のプレゼンスを示したいという以上の、本格的な意味は見いだせない。

だが、問題は、米国の「とりあえずやってみた」行動がどれだけのインパクトを現地社会にもたらすか、あまりにも米国が無自覚であるということだ。これは、イラク戦争、あるいはその前の湾岸戦争の時代から、変わらない問題である。

では、その米国が無自覚な現地社会へのインパクトとは、何か。

【参考記事】シリア攻撃 トランプ政権の危険なミリタリズム

さまざまな対立が「反米」に凝縮

第一は、現状を変えようとするものたちに対して、米国が支援してくれるという期待を抱かせることであり、第二は、現状を維持しようとするものたちが米国の攻撃を受けて「反米」を強化することだ。反米が強化されることの懸念は、単に「反米テロが増える」といった直接的な問題のことだけではない。

今のシリアでいえば、第一の「現状を変えようとするものたち」というのは反アサド勢力、つまりスンナ派勢力である。なぜ期待を抱かせることが問題なのかといえば、それが現場の力関係では負ける勢力に過剰な期待を抱かせて、現場での交渉が歪むからである。

歪んだまま交渉に決着がつけばそれはそれでよい。だが、米国は期待に応えないのである。イラクのシーア派勢力は、湾岸戦争のときにそれを学んだ。米国は利用できるかもしれないが、結局は自分たちを見捨てる。シリアの反アサド派は、2013年にオバマ政権が空爆を諦めたときに、それを知った。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story