コラム

スマートとトゥインゴ――国境を超え、異なる個性を放つ兄弟車

2015年12月22日(火)16時00分

第3世代スマートの4人乗り、スマート・フォーフォー

 かつてレーシングカー分野で輝かしい戦績を残したベントレーの創立者で、実際の車両開発にもエンジニアとして参画したW・O・ベントレーは、次のような辞世の言葉を残したという。「私の唯一の心残りは、小型車を開発して技術の限界に挑戦しなかったことだ」。

 彼は、コストを度外視したレーシングカーよりも、様々な制約の中で機能性や快適性などをすべて高水準でバランスさせる必要のある小型車のほうが、難しい課題だと捉えていた。それは今でも同じことであり、そのことがときに意外なコラボレーションを生み出す。

 1994年に初代モデルがデビューしたスマートは、それこそ、スイスの時計メーカーのスウォッチと、ドイツの一流自動車会社であるダイムラー・ベンツ(現ダイムラー)の協業によって生み出された2人乗りのマイクロカーだった。社名であり車名でもあるスマート(Smart)は、スウォッチのS、メルセデスのM、そしてアートのAを組み合わせて命名されている。

 スウォッチとしては、かつて高級品だったスイス時計をカジュアルに楽しめるものにしたように、自動車もそうあるべきと考えたのだろう。最初はフォルクスワーゲンとの提携を模索したことからも、そんな思いが伺える。だが、結局のところそれは実現せず、最終的にダイムラーと協業することになった。

Smart 1.jpg

スマート第1世代

 ダイムラーのメルセデスベンツは高級車の代名詞のような存在だが、ドイツ国内ではタクシーにも多く使われており、アメリカのメーカーごとの総量燃費規制などを睨んで燃費の良い小型車をラインナップに加えたい意向もあったので、渡りに船だったのかもしれない。

 スマートは、最小限の全長で最大限の室内空間を確保するために、当時は廃れかけていたリアエンジン・リアドライブ(RR)方式を採用し、強固なボディの構造体を視覚化した、ツートーンの斬新なカラーリングが特徴だった。

 しかし、両社の合弁会社設立から12年連続した赤字によって、そもそものプロジェクトの発案者だったスウォッチは事業から撤退したため、一時は会社自体の存続すら危ぶまれたこともある。また、2人乗りという成り立ちが販路を狭めていると考えて、三菱自動車との共同開発による4人乗りのスマート・フォーフォーを2004年に発売したが、こちらはプラットフォームを三菱コルトと共用したため、フロントエンジン・フロントドライブ(FF)方式だった(従来の2人乗りスマートは、スマート・フォーツーに改名された)。だが、これも販売成績は芳しくなかったようで、2006年に製造中止された。

小型車で主流のFFに対抗して、RRにこだわり抜く

 ところが、2007年にスマート・フォーツーの第2世代モデルが発表されると、折からの原油価格の高騰や人々の環境問題への意識の高まりから人気が出始め、その結果、ビジネスも黒字に転じたのだった。

Smart 2.jpgスマート第2世代

 第2世代モデルは、キープコンセプトの外観ながら、ウェッジ(くさび)を意識させる塊感の強いフォルムとなり、リアエンジンであることをさりげなく主張するエアインテーク(空気取り入れ口)が左サイドのドア後方に設けられた(ちなみにラジエーターは、初代からフロントに位置している)。

Smart3forTwo.jpg第3世代スマートの2人乗り スマート・フォーツー

 そして、先日、日本デビューしたばかりの第3世代モデルは、より丸みを帯びて少し大型化し、明確なノーズがついて、これまでの軽快さがやや失われた嫌いはある。それでも、これはフロントのトランク容量を確保したり、特に女性ドライバーが気にする前端部を把握しやすくするための配慮だと思えば納得できよう。

プロフィール

大谷和利

テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー、NPO法人MOSA副会長。アップル、テクノロジー、デザイン、自転車などを中心に執筆活動を行い、商品開発のコンサルティングも手がける。近著に「成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか」(現代ビジネスブック)「ICTことば辞典:250の重要キーワード」(共著・三省堂)、「東京モノ作りスペース巡り」(共著・カラーズ)。監修書に「ビジュアルシフト」(宣伝会議)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:ウクライナ巡り市民が告発し合うロシア、「密告

ワールド

台湾総統、太平洋3カ国訪問へ 米立ち寄り先の詳細は

ワールド

IAEA理事会、イランに協力改善求める決議採択

ワールド

中国、二国間貿易推進へ米国と対話する用意ある=商務
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story