コラム

日本が韓国の新型コロナウイルス対策から学べること──(1)検査体制

2020年04月02日(木)17時22分

SARSとセウォル号沈没で多くの犠牲を出した韓国は、政府の危機管理を厳しく監視している(写真はソウル) Kim Hong-ji-REUTERS

<感染経路不明の感染者が急増し、「感染爆発」に怯える日本。見えないクラスターが増えるのは、そもそも検査が少ないせいではないのか? 今や世界のモデルになった韓国の検査体制はどうなっているのか>

新型コロナウイルスの感染が欧米諸国を中心に世界に広がっている。日本でも感染者数が増加し、新型コロナウイルスへの感染有無を判断するPCR検査を拡大すべきだという議論も増えている。それに対して、日本全体での医療の対応能力を考慮しながら検査の拡大を実施すべきだという慎重論を主張する人も少なくない。そういった背景もあり、実際に、1日あたりの検査件数は政府が発表した1日の検査能力7,000件を大きく下回っている現状だ。しかし、後でも述べるように、WHOも含めて世界の主流は検査重視である。

韓国では4月1日0時時点で、累計約42万人以上が検査を受けた。これは、日本の累計被検査者数の約13倍に当たる数値である。一時は中国に続いて世界で2番目に多かった韓国の1日あたりの新規感染者数は、2月29日の909人をピークに減少し始め、現在は1日100人前後まで減少している。そんな韓国から日本は何を学ぶべきなのか? 韓国の検査体制をみてみよう。

検査は感染抑止のカギ

韓国政府は、1月19日に初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されて以降、感染の早期発見や早い段階での医療措置の実施、そして感染拡大を防止する目的で、迅速かつ広範囲な検査を実施している。検査数は3月6日に1万8199件でピークになって以降少し減少したものの、現在も1日約1万6千件の検査が行われている。韓国の検査体制は、現在感染爆発を起こしているアメリカのニューヨーク州などの目標にもなっている。

韓国政府が迅速かつ広範囲に検査を実施している背景には2015年5月に中東呼吸器症候群(MERS:マーズ、以下:マーズ)の感染拡大を許してしまった苦い経験がある。当時、韓国では186人が感染し、そのうち38人が亡くなった。マーズに対する韓国政府の対応の遅れは2014年4月に多くの若者が犠牲になったセウォル号沈没事故に対するお粗末な対応と共に韓国政府の危機管理能力に対する国民の不信感を高め、朴槿恵前大統領の弾劾や政権交代の一因にもなった。

朴槿恵政権や与党に対する不満が爆発した機会に政権交代に成功した文在寅政権としては、前政権の失敗を繰り返さないために、また、早期対策を要求する国民の声を受け入れ、政権の長期化を維持するために、より積極的な検査を実施せざるを得なかっただろう。

また、マーズの対策に失敗した朴槿恵政権が2016年から「感染病検査緊急導入制度」を施行し、政府の疾病管理本部が認めた民間セクターでマーズのような感染症の検査ができるように許可したことも、今回韓国政府が新型コロナウイルスに対する検査を迅速で広範囲に実施できた背景の一つである。

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マスク氏の「政府効率化省」、国民はサービス悪化を懸

ワールド

戦後ウクライナへの英軍派遣、受け入れられない=ロシ

ワールド

ロシア、ウクライナ東部・南部のエネルギー施設攻撃 

ワールド

韓国、中国製鋼板に最大38%の暫定関税 不当廉売「
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「20歳若返る」日常の習慣
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    1月を最後に「戦場から消えた」北朝鮮兵たち...ロシ…
  • 8
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 9
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 8
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 9
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 10
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story