コラム

安田純平さん拘束と、政府の「国民を守る」責任

2016年05月02日(月)14時04分

 民間人である後藤さんが、ISとの戦闘に参加したヨルダン兵士と道連れで殺害されるという、あってはならない結末となった。これだけ見ても、安田さんの救出問題で、安田さんに近いジャーナリストが「日本政府が関与すれば逆に危うくなる」と危惧の念を抱くのは理由がないことではない。しかし、安田さんを無事に救出することは「国民の安全」を守る国の責任である。ヌスラ戦線とつながりのある外国政府など、日本政府が接触し、働きかけなければならない部分もある。

欧州政府は自国民の人質解放に力を入れている

 人質問題での日本政府の対応は、ISによって湯川さんと後藤さんが殺害された事件の対応について、昨年5月に公表された「検証委員会の検証報告書」で詳述されている。「ISIL(「イスラム国」)との直接交渉」について、「ISILから政府に対する直接の接触や働きかけがなく、また、ISILはテロ集団であって実態が定かではないとの状況下、政府は、ISILと直接交渉を行わなかった」と政府が動かなかったことを肯定的に評価している。

 検証委員会の報告書は「事件は極めて残念な結果に終わったが、展開によっては、テロに屈して裏取引や超法規的措置を行ったと国際的にみなされる結果や、ヨルダン政府や同国民との関係に重大な影響を及ぼす結果となる可能性もあったが、全体としてみれば、取りうる手段が限られた中で政府はできる限りの措置をとり、国際的なテロとの戦いやヨルダン政府との関係で決定的な負の影響を及ぼすことは避けられたとの評価も有識者から示された」と評価している。

 日本政府の対応は、報告書でも示されている通り、「テロ組織とは交渉しない」というもので、報告書では、湯川さん、後藤さんがISに殺害されたことについて、「政府の対応の失敗」という認識は薄く、二人の解放のために政府がどのような対応をしたのか、またはすべきだったのかなどは十分に究明されていない。結果的には、人質解放に至らなかった問題点は脇に置かれ、解放に向けた交渉などをしていないことをもって、「国際的なテロとの戦いへの負の影響を及ぼすことが避けられた」と評価する結論となっている。

 しかし、国際的にはフランスやドイツ、スペイン、トルコなど、政府が身代金を支払いも含めてISに拘束された自国民の人質解放に力を入れる国がある中で、日本政府が湯川さん、後藤さんの人質事件で、「ISと交渉しない」と強硬な姿勢をとったのは、米国が同様に「テロリストと交渉しない」という姿勢をとっていたことが影響していると考えるしかなかった。

「テロ組織と交渉しない」という米国の方針が変わった

 しかし、安全保障が関わる問題では日本が規範にする米国のオバマ米大統領は2015年6月、テロ組織などによって米国人が誘拐され、人質になった事件について政府の新たな対応策を発表し、大きな転換を図った。このことについては、安田さんの動画が公表された後、朝日新聞のデジタルサイト「WEBRONZA」で「安田純平さんを救出するために」と題して3回連載を執筆し、第2回「米国の転換」で、詳しく論じた。

 その要点は、米国はそれまでの「テロ組織と交渉しない」という方針から、「人質の安全と無事に帰還させることを最優先」として、人質の家族が人質解放のために身代金を支払うことを認め、家族を支援するために政府がテロ組織と連絡をとるという方向を打ち出したということだ。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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