コラム

UAEはイスラエルから民主化弾圧のアプリ導入【イスラエル・UAE和平を読む(後編)】

2020年09月22日(火)07時40分

UAEのアブドラ外務・国際協力相、イスラエルのネタニヤフ首相、アメリカのトランプ大統領(左から、ホワイトハウスで9月15日に行われた署名式にて) Tom Brenner-REUTERS

<国交正常化の背後に何があるのか。UAEは「アラブの春」の中で国内でも始まった民主化要求を鎮圧。市民の携帯電話から情報を盗むスパイウエアを、イスラエル企業から購入していた>

※前編:イランを見据えるモサドが国交正常化を画策した から続く。

ムハンマドUAE皇太子とムハンマド・サウジ皇太子の連携

イスラエルがアラブ首長国連邦(UAE)と国交を正常化する最大の狙いがイラン対策となれば、対外情報機関のモサドが前面に出てくるのは自然なことである。しかし、前編で書いたように、イランとの間では緊張緩和に転換したUAEにとっては、モサドが和平を担うことにどのような利点があるのだろうか。

UAEのムハンマド皇太子が国の安全保障にとって最大の脅威と考えているのは、2011年に始まった「アラブの春」の後、チュニジアやエジプトで政権を獲ったイスラム政治組織「ムスリム同胞団」である。

今年英語で出版されたベンフッバード著『MBS(ムハンマド・ビンサルマン)』には、UAEのムハンマド皇太子が2015年春に初めて、サウジ王子(当時、現皇太子)のムハンマド・ビンサルマンを砂漠の鷹狩りに招待して会談した時のことが次のように書かれている。

「それはムハンマドUAE皇太子がサウジとの協力関係を強化しようとする機敏な動きだった。その時の会合は二人にとって利益があった。ムハンマド・サウジ王子にとっては、サウジの支配者になろうとする彼の思いを支援する力強い指南役を得ることになり、一方、ムハンマドUAE皇太子にとっては、経験のないサウジの王子に対して、イランやムスリム同胞団に対する敵意という彼の見方を吹き込む機会だった」

ムハンマド・サウジ皇太子は2015年3月からイエメン内戦に軍事介入し、UAEも参戦した。その年の1月に実父サルマン国王が即位し、29歳ながらサウジの国防相に抜擢されたばかりだった。

就任まもなく、軍務経験のないムハンマド王子(当時)がイエメン内戦に参戦したことに、当時は大胆というよりも危なっかしさを感じた。しかし、英国のサンドハースト王立陸軍士官学校を卒業し、空軍司令官を務めるムハンマドUAE皇太子が参戦を吹き込んだ動きだとすれば、納得がいく。

イエメン内戦への介入は、イエメンの首都サヌアがシーア派勢力フーシ派に支配され、フーシ派をイランが支援していることから、ムハンマドUAE皇太子にとってはイランの勢力拡張を封じ込めようとする狙いだった。

しかし、2019年のホルムズ海峡危機を境に、UAEはイランとの緊張緩和に舵を切り、イエメン内戦でも同じ頃、イエメン南部に駐留させていたUAE軍を撤退させた。

ムスリム同胞団との闘い、UAEは活動家らを弾圧している

一方、ムハンマドUAE皇太子は、もう一つの敵である「ムスリム同胞団」との闘いではなお急先鋒に立っている。

「アラブの春」が始まった2011年3月に、UAEでは大統領に対して民主化と政治改革を求める約160人以上の学者や社会活動家らが署名した請願書が提出された。UAE政府は請願書提出の中心人物の5人を逮捕し、数か月にわたって拘束した。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ビジネス

トヨタ、米で電池生産に3800億円投資 新工場20

ワールド

韓国、温室効果ガスを2030年までに18年比で40

ワールド

子供の不品行で親を処罰、中国全人代が法案審議へ

ワールド

中国、極超音速ミサイル実験の報道を否定 「宇宙船の

MAGAZINE

特集:ドキュメント 中国撤退

2021年10月19日号(10/12発売)

規制と圧力、そして始まる新・文化大革命 見切りをつけた外国企業にいよいよ撤退の兆し?

人気ランキング

  • 1

    銀河系の中心方向から謎の電波源が検出される

  • 2

    岸田首相はDappi疑惑を放置して衆院選を戦うのか

  • 3

    中国不動産バブルの危険度を、さらに増幅させる3つの「隠れたリスク」

  • 4

    防犯カメラが捉えた「あわや」の瞬間 深夜帰宅の女…

  • 5

    現地取材:中国から外国企業が「大脱出」する予兆が…

  • 6

    地球はこの20年で、薄暗い星になってきていた──太陽…

  • 7

    ピアニスト辻󠄀井伸行さんインタビュー…

  • 8

    「明治維新は薩長によるテロ」 『青天を衝け』で維新…

  • 9

    中国の衛星が3月に軌道上で突然分解......その理由が…

  • 10

    中央アジアとアフガニスタンが「中国の墓場」になる日

  • 1

    地球はこの20年で、薄暗い星になってきていた──太陽光の反射が低下

  • 2

    銀河系の中心方向から謎の電波源が検出される

  • 3

    なぜ中台の緊張はここまで強まったのか? 台湾情勢を歴史で読み解く

  • 4

    モデルナ製ワクチンで重い副反応を経験した大江千里…

  • 5

    防犯カメラが捉えた「あわや」の瞬間 深夜帰宅の女…

  • 6

    「ナチュラルすぎる自撮り」で人気者のゴリラ、親友…

  • 7

    中国進出の日本企業は、極めて苦しい立場に立たされ…

  • 8

    「ワクチン反対」の投稿をきっぱりやめ、自身も接種…

  • 9

    岸田首相はDappi疑惑を放置して衆院選を戦うのか

  • 10

    緑地、易居、花様年、当代置業......中国・恒大集団…

  • 1

    薄すぎる生地で体が透ける! カイリー・ジェンナーの水着ブランドが炎上

  • 2

    中国バブルは崩壊する、だがそれは日本人が思うバブル崩壊ではない

  • 3

    イギリス人から見た日本のプリンセスの「追放劇」

  • 4

    中国製スマホ「早急に処分を」リトアニアが重大なリ…

  • 5

    イチャモン韓国に、ジョークでやり返す

  • 6

    【独占インタビュー】マドン監督が語る大谷翔平「や…

  • 7

    アイドルの中国進出が活発だったが、もう中国からは…

  • 8

    地球はこの20年で、薄暗い星になってきていた──太陽…

  • 9

    なぜ中台の緊張はここまで強まったのか? 台湾情勢を…

  • 10

    銀河系の中心方向から謎の電波源が検出される

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中