コラム

UAEはイスラエルから民主化弾圧のアプリ導入【イスラエル・UAE和平を読む(後編)】

2020年09月22日(火)07時40分

2012年6月、エジプトでムスリム同胞団出身のムルシ大統領が選挙で選ばれ、中東全域で同胞団の台頭が顕著になってくると、UAE政府は同年3月から12月にかけて請願書の参加者を含む94人を国内にある同胞団系の市民組織「イスラーハ(改革)」のメンバーとして逮捕した。

翌年始まった裁判では、「国外と連絡をとり、国家転覆を謀った」として、56人に3年から10年の禁固刑、8人に被告不在のまま禁固15年を言い渡した。

この判決について、国際的人権組織「ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)」は「明らかに強制された自白以外は、判決からは平和的な政治改革を通して社会的な公正を求める政治運動としか読み取れない。判決は市民に対して自由な考えに基づく政治的な議論や政府への批判は反逆行為であるとするもので、刑務所に行きたくなければ沈黙するしかないことになる」と、政治弾圧として批判している。

2013年、エジプトでクーデターによりムルシ大統領を排除した軍を、UAEはサウジアラビアとともに支援した。

さらに国連が認めるリビア国民政府に対して、UAEはエジプトとともに、西部で影響力を持つ元リビア軍将軍ハフタル司令官が率いる軍事組織を支援し、国民政府の拠点を空爆したという報告もある。国民政府にリビアのムスリム同胞団組織が参加しているためと見られている。

イスラエルからスパイウエアを購入したUAEの狙い

ここで本題のイスラエルとの和平に戻ると、UAEは民主化抑圧の手段として、イスラエルの企業から携帯電話に侵入して情報を盗むスパイウエアの技術を購入して、政府に批判的な人物を監視していたとされる。

米紙ニューヨーク・タイムズが2019年3月に掲載した調査報道によると、UAEが導入したスパイウエアの中には、イスラエルの情報関連企業NSO社が開発した「ペガサス」というソフトがある。UAEは2013年にNSO社と契約し、国内の治安維持のためにペガサスを導入し、市民の監視を始めたという。

UAEのスパイウエアを使った言論弾圧で、国際的に強い批判を浴びているのは、2017年に行われた、国際的に著名な人権活動家のアフマド・マンスール氏の逮捕である。

マンスール氏は2011年の請願書に参加し、8か月間拘束されたが、2017年には「UAEと、国の指導者を含む国の象徴の地位と名誉を侮辱した」という罪で、禁固10年の判決を受け、現在も服役している。

UAEはペガサスをマンスール氏の携帯電話に仕込んで情報を盗み、監視していたことが、マンスール氏が連絡をとっていたカナダの人権組織の調べで指摘され、ニューヨーク・タイムズなどが調査報道で取り上げた。ペガサスがマンスール氏に対して使われた後も、NSO社はUAEにスパイウエアを売り続けたことを示す領収書などの証拠があるという。

【関連記事】シリア「虐殺された町」の市民ジャーナリストたち

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story