コラム

韓国はなぜ日本の入国制限に猛反発したのか

2020年03月11日(水)17時20分

だからこそ、韓国の医療関係者は明日も、国民からの期待と政府からの指示に応える形で、疲労困憊する中、大量の「検査」希望者の要望に応え、病院に殺到する感染者への「措置」に追われる事となる。こうなってしまえば、シナリオの行く先は幾つかしかない。一つは、医療関係者が何とか持ちこたえている間に、積極的な「検査」と「措置」により韓国政府が集団感染を効率的に潰して行き、新型コロナウイルスの抑え込みに成功する事である。この場合、人々は韓国政府と、何よりも膨大な労力を使って感染を抑え込んだ医療関係者に称賛の言葉を送る事になるだろう。他方、もう一つのシナリオは医療関係者の懸命の努力にも拘わらずウイルスの抑え込みに失敗して流行が更に拡大し、遂には医療機関の能力を超える「医療崩壊」が、大邱のみならず全国に広がる悲劇的な結末を迎えるものである。この場合、どこかの段階で韓国政府は、自ら進んで方針を転換し、国民を説得する事が必要になるが、「ろうそく革命」により成立し、市民の声に応える事を至上命題とする文在寅政権が、選挙を目前としてこのリスクを取る事ができるか否かは、極めて不透明と言う他はない。

国民の不安にどう向き合うか

そしてこの様な同じ問題に対して異なる姿勢を取る隣国の状況は、我が国にとっても大きな示唆を有している。重要なのは、感染症の拡大という医療的問題が深刻化した時に、政府が如何に国民と対話し、導き、また試行錯誤していくか、という事だ。未知のウイルスや地球環境問題等、我々の周囲には模範解答が何かが明確ではない深刻な問題は数多く存在する。

当然の事ながら、その中では時に、政府も世論も明確な答えを見つけられず間違いを冒す事になり、だからこそ時には大きなリスクを冒してでも、自らの過ちを認め進むべき方向を転換していく必要が生まれる事になる。国民の意見に過剰に媚び、合理的な選択をする事を怠るなら、それは長い目で見れば政府にとっても自らの支持基盤を損なう事になる。他方、国民の不満を放置して自らの施策を貫いても、政府はやがて国民からの深刻な批判に直面し、結果、自らが目指す合理的な政策を続ける事ができなくなるリスクを負う事になる。勿論、政府が自身の立場に拘泥し、過ちを認めて方向転換をする事を怠るならその先にもやはり悲劇的な結末が待っている。言うまでもなく自らの施策を定めるに当たっては専門家による判断に真摯に耳を傾け、必要なら自らの誤りを積極的に修正していく事もまた必要である。

だからこそ危機においては、政府は国民からの意見を積極的に汲み取ると同時に、自らの下した政策の意図を国民に丁寧に説明し、また、誤りがあれば柔軟に自らの姿勢を柔軟に修正していく事が重要になる。新型コロナウイルスを巡る状況は、こうした各国の民主主義のパフォーマンスをも試していると言えそうだ。

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2020年3月17日号(3月10日発売)は「感染症VS人類」特集。ペスト、スペイン風邪、エボラ出血熱......。「見えない敵」との戦いの歴史に学ぶ新型コロナウイルスへの対処法。世界は、日本は、いま何をすべきか。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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