コラム

韓国はなぜ日本の入国制限に猛反発したのか

2020年03月11日(水)17時20分

それでは混乱する医療現場の状況とは対照的に、何故韓国の人々は政府の新型コロナウイルス対策を支持しているのだろうか。結論から言えば、それはこの政策がとりわけ「検査」の面で、人々の素朴な期待に応えているからである。流行が広がる中、韓国人の中での感染への恐れは確実に高まっており、豊富な「検査」の機会は──それが必然的に一定の範囲での誤差を含むとしても──人々に心理的安定を与えるものとなっている。そして、ちょうど今から3年前の3月に大規模デモを伴う朴槿惠前大統領弾劾運動の結果成立し、何よりも来月には政権の命運を握る国会議員選挙を控える文在寅政権にとって、この国民の強い不安とそれに応える措置への期待に抗う余裕は存在しない。だからこそ韓国政府は「医療措置」に関わる部分の政策は変更しても、「検査」に関わる部分の政策の変更は依然として行っていない。

「正しい」選択の行きつく先

とはいえ同時に、この様な積極的な「検査」とその結果として発覚した感染者数の増加は、多くの国に対して韓国の衛生状況への不安をも与えており、結果、3月10日現在の段階で既に我が国を含む100を超える国や地域が韓国からの入国制限を実施する事になっている。周知の様に、とりわけ我が国がとった措置への韓国政府の反発は極めて強く、康京和外交部長官は「日本側の措置は真に非友好的だけでなく、非科学的だ」として、日本大使を呼びつけ抗議する事になっている。

そして、この様な韓国政府による日本の措置への強い反発の背景にもまた、彼ら固有の政治的事情がある。何故なら、同じ新型コロナウイルスへの流行に対して、全く異なる措置を取る日本による入国制限開始の表明は、韓国の一部では、大量「検査」と積極的「医療措置」を軸とする韓国の方針への正面からの疑義表明だと受け止められているからである。政権の命運を握る国会議員選挙を前にして、国民の負担と期待に応える責を負う韓国政府にとって、自らの新型コロナウイルス対策は「正しい」ものでならなければならないと考えられている。何故ならそれは国民が支持するものであり、また政府自らそれが「正しい」事を幾度も強調して来たものだからである。「韓国の先制的防疫対応、大規模な検診実施、透明な情報公開などは今後の感染病対策のための良い先導的モデルだ」。韓国の政府関係者がこの様に自らの新型コロナウイルスへの対処に対する「国際社会からの称賛」の言葉を繰り返すのもその為である。そして実際、今の所、この様な文在寅政権の施策は「政治的には」功を奏している様に見える。何故なら深刻な危機の中にありながら、文在寅の支持率はむしろじりじりと上昇し、与党は野党に対するリードを少しずつ広げる事となっているからだ。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国大統領罷免、60日以内に選挙 尹氏「申し訳ない

ビジネス

日経平均は大幅続落、8カ月ぶり3万4000円割れ 

ビジネス

日産、関税で米減産計画を一部撤回 メキシコ産高級車

ワールド

米ブラウン大の政府助成金凍結、ハーバード大も制限 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5万年以上も前の人類最古の「物語の絵」...何が描かれていた?
  • 2
    「最後の1杯」は何時までならOKか?...コーヒーと睡眠の「正しい関係」【最新研究】
  • 3
    【クイズ】日本の輸出品で2番目に多いものは何?
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    アメリカで「最古の銃」発見...いったい誰が何のため…
  • 6
    得意げに発表した相互関税はトランプのオウンゴール…
  • 7
    「ネイティブ並み」は目指す必要なし? グローバル…
  • 8
    アメリカから言論の自由が消える...トランプ「思想狩…
  • 9
    テスラが陥った深刻な販売不振...積極プロモも空振り…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story