コラム

「嫌な奴」イーロン・マスクがイギリスを救ったかも

2025年02月07日(金)18時58分

事件は長年にわたり多くの地域で起こった(中北部ロッチデールや北部ロザラム、中北部オールダムやオックスフォードなど)。少女たちの親が助けを求めても、警察は人種差別の緊張をあおることを恐れて明らかに躊躇し、行動を起こさなかった。

ある被害者の父親は、声を上げ続ければヘイトクライムで逮捕されるかもしれないとまで言われた。

今からかなりさかのぼる1990年代後半には、英紙サンデー・タイムズ紙はこの事件について裏付けある取材を進めていたのに、人種差別的とみられることを恐れて記事の掲載を取りやめた。

この事件は次第に、ある1人の看護師やタイムズ紙の一記者、たった1人の女性警察官など、ごく少ない個人プレーの英雄的追及によって露呈していった。それでもイギリスの人々は、社会的な分断など存在しないかのように振る舞い、忘れ去って前に進もうとした。

普段からほんのちょっとした態度で人種差別的と責められることが多い白人労働者階級の人々は、「ある人種の男たちが別の人種の児童をレイプしたのは、なぜヘイトクライムと言えないんだ?」と疑問に感じていた。

事実が明らかになった今でも、加害者が何者だったのかは巧妙にぼかされたままだ。「アジア系のグルーミング・ギャング」だったと、まるでシーク教徒や中国系なども含まれるかのような言われ方をしている。具体的にムスリム男性だったというのをためらい、認めたくないようだ。

結局は彼が正しい?

もちろん、白人男性による児童性的虐待だってあるのは確かだ。だが今、熱心にそう指摘している人々は、この20年ほど、人種差別的な犯罪は何にも増して悪質だと唱えてきた人々と一致する。

そのせいか、例えば、殺人被害にあった黒人の若者でイギリスの誰もが知っている人物は、スティーブン・ローレンスという男性ただ一人。1993年に白人の暴漢に殺害された。それ以降、ロンドンだけでも毎年何十人もの黒人が殺人被害に遭っているのに、同じ黒人男性に殺されたために記憶にも残らないのだ。

イギリス人が避けて通りたい問題を思い出させることで、マスクは周りをイラっとさせる。まるで、友人たちが口をそろえて君はスタイル抜群だよ、というなかで、1人だけ「いや、かなり太ったでしょ」と口にする奴のように。

そしてしまいにはあなたも気付くのだ。「畜生、あの野郎が正しいのかもしれない」

20250318issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年3月18日号(3月11日発売)は「日本人が知らない 世界の考古学ニュース33」特集。3Dマッピング、レーダー探査……新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ゆうちょ銀株の売り出し価格1444円、総額5900

ワールド

日銀の物価目標、大体達成しつつある 政府の価格対策

ワールド

メキシコ大統領「主権が常に最優先」、米関税猶予を支

ビジネス

独1月輸出は前月比2.5%減、鉱工業生産は予想以上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手」を知ってネット爆笑
  • 3
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望的な瞬間、乗客が撮影していた映像が話題
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 6
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    鳥類の肺に高濃度のマイクロプラスチック検出...ヒト…
  • 10
    中国経済に大きな打撃...1-2月の輸出が大幅に減速 …
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 6
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 7
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 8
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story