コラム

シリアに散った眼帯のジャーナリスト...アサド政権崩壊で思い返したいこと

2024年12月12日(木)18時00分
シリアで殺害されたジャーナリストのマリー・コルビンの写真を掲げるパリのデモ参加者

シリアで殺害されたジャーナリストのコルビンらの写真を掲げてアサド政権批判とシリア国民への支援を訴えるデモ参加者(2012年、パリ) ABD RABBO AMMAR/ABACA-REUTERS

<歴史的出来事の前と後では、見えていた常識がガラリと変わる。アサド政権の残虐行為の中でも忘れてはいけない事件とは>

歴史がどのように展開するかは興味深い。シリアの残忍なアサド政権の崩壊は、物事がいかに迅速かつ予想外に変化し得るかを示す例だ。シリア内戦はここ10年の間、ほとんど主要ニュースに上がることもなかった。

これまでは、一般的な見解では、ロシアが空爆という形で参戦したことで戦況はアサド政権に有利となり、アサドの手下たちは反政府勢力を拷問し、毒ガス攻撃して服従させてきた、とされてきた。悪者が勝利したのだ、と。

だが、反政府勢力が驚異的な軍事攻勢をかけて勝利してからというもの、違った話が聞こえてきている。

ロシアはウクライナで行き詰まっていたし、アサド政権はロシアの支援なしにはどうしようもなかった......。アサド政権は抑圧しか手段がなく、国民の支持という基盤がないため常に脆弱だった......。ハマスのイスラエル攻撃以来、中東全体の状況が変わり、イランとヒズボラがイスラエルからの攻撃を受けたことで、重要な局面でアサド支援ができなくなった......。

僕が言いたいのは、同じ状況が「前」と「後」ではいかに違って見えるかということだ。もちろん、これは良くも悪くも、人々が全く予期していない時に起こり得るということを気付かせてくれるに違いないし、後になってみれば人々は「兆候は常にあった」と言うことになるだろう。

プーチン政権だって安泰とはいえない

当然ながら、僕たちは物事がある方向に進むことを望むことだってできる。

ロシアのプーチン政権は安定しているように見えるが、彼が愛されているとは考えにくいし、ウクライナ戦争の壊滅的な失敗と誤算によって彼の威信に傷がついていないとは考えられない。

プーチン政権は暴力と検閲によって支えられたものであり、良い統治で正当性を得るのではなく愛国心を鼓舞して人々を動かす政権であり、「所詮すべてはこんなもの、逆らうことは無意味」とばかりの白々しい前提に基づいた広範な「黙認」に依存した政権だ。

いつか状況が変わるだろうと人々が夢見るのも当然のことだと思うし、どうしてそんな手法だけで独裁をいつまでも維持できるなどと考えていたのか疑問に思うようになるのも無理はないだろう。

でも、そんなふうに考えるにしても、改革を遂げたロシアが正義をまっとうするために誰であれ自国民を引き渡すだろうとは想像できない。

ウクライナの子供たちの誘拐を指揮した者、ロンドンで放射性物質を用いて元ロシアスパイのアレクサンドル・リトビネンコを毒殺した暗殺者、神経剤で元スパイのセルゲイ・スクリパリらの一家毒殺未遂事件を起こし女性1人を死亡させた殺人犯。

とはいえ、もしかしたら、アサド一家はもはやモスクワで贅沢な日々を過ごすことを歓迎されないかもしれない。未来のロシアが専制政治から脱却した場合、外国のリタイア専制君主のすみかになることを望まないかもしれない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬

ビジネス

中国人民銀、アウトライトリバースレポで3月に800

ビジネス

独2月小売売上は予想超えも輸入価格が大幅上昇、消費
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story