コラム

シリアに散った眼帯のジャーナリスト...アサド政権崩壊で思い返したいこと

2024年12月12日(木)18時00分

アサド政権による数多くの残虐行為の中で、特に思い出してもらいたいものがある。ジャーナリストのマリー・コルビンの殺害だ。彼女はアメリカ人だったが、英サンデー・タイムズ紙で25年にわたり数々の紛争を取材し、イギリスのジャーナリストの象徴的な存在だった。

戦争特派員は普通の人々とは「別の生き物」だとよく言われる。簡単に言えば、僕たちのほとんどは、交戦地帯に踏み込む勇気はない。

コルビンとその仲間は、負傷や死の危険を冒すだけでない。戦場にいることはメンタルにも悪影響を及ぼす。職務のために、彼らは深いトラウマを残すような場面や話を積極的に探し回る。

コルビンは勇敢さで群を抜いていた。彼女は2001年、スリランカ内戦の取材中に片目を失った。それでも彼女はひるまなかった。以後、コルビンは眼帯を付けて活動するようになり、その姿により欧米メディアでも一目で分かる存在になった。

巻き添えではなく意図的な殺害

彼女はまた、英語圏のテレビニュースチャンネル向けに、しばしば他のジャーナリストが行けない、または行こうとしない場所から報道を行った。その意味で、ジャーナリストたちにとって彼女は単なる「同業者の一人」ではなく、時に全てのジャーナリストを代表する存在だった。

コルビンの生涯を描いた『プライベート・ウォー』という映画がある。これを見れば彼女の勇気や献身、トラウマを感じ取ることができるだろう。ニューヨークで活躍する日本人イラストレーターの清水裕子も、コルビンの死後に印象的な肖像画を描いた。


強調しておかなければならないことが1つある。コルビンはアサド政権によって殺害されたのだ。

2012年のホムス包囲戦の真実を探ろうとしている者を標的にした暗殺だった。彼女は「集中砲火に巻き込まれた」わけでも、荒くれ者の兵士が自分の意思で殺害したわけでもない。政権は衛星電話の通話を追跡して彼女の居場所を突き止め、建物を粉々にした。

それによって56歳だったコルビンと、28歳のフランス人フォトジャーナリストのレミ・オシュリクが死亡した。ひょっとするといつの日か、彼らを殺害した罪で誰かが裁かれることになるかもしれない。少なくとも、彼らの命が散ったその場所に、銅像や銘板が立つようになることを願う。

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story