コラム

あまりに理不尽な冤罪事件...イギリス「郵便局スキャンダル」に怒り再燃

2024年01月17日(水)16時00分
イギリスのポストオフィススキャンダルとロンドンの郵便局

イギリス中で大勢の郵便局長が無実の罪に問われた SOPA IMAGESーSIPA USAーREUTERS

<富士通の会計システムの不具合のせいでイギリスの700人以上の郵便局長が横領の罪を着せられた事件は、ドキュメンタリードラマが放映されたことで今また最重要ニュースに急浮上している>

イギリス史上最大規模の冤罪事件と言われる「郵便局スキャンダル」が今、政治の最重要事項に急浮上している。10年以上も前に発覚していた事件だけに、奇妙なことだ。

英政府が公聴会を開始した2021年の時点では既に、悲惨な事件がこんなにも長く解決されていない驚愕の状況に衝撃が広がっていた。だから現在の急展開はあまり理にかなっていないように見えるが、実はこの事件を題材にした真に迫るドキュメンタリードラマが最近放送されたのだ。これが話題を呼び、国民の怒りがついに爆発し、政治家も対応せざるを得なくなっている。

これは、あまりに長く続いた、カフカ的悪夢さながらの物語だ。2000年から14年までの間に、700人以上の郵便局長が横領の罪で訴追された。実際には、新導入の会計システムに不具合があり、窓口の現金とシステム上の記録額に不整合が生じていたというのが真相だ。なお悪いことに、ソフトウェアを開発した富士通はシステムの欠陥を承知していたらしい。郵便局長らは当初から、国有企業ポストオフィス(PO)に、システムの不具合を報告していた。

過去数十年でイギリスでは他にも重大な不当判決があったが、単純に被害人数で見ればこの郵便局スキャンダルが最大の事件だ。各郵便局長の事例はどれも悲劇的で、いたたましい詳細を挙げればきりがない。服役した人もいれば、執行猶予で犯罪歴が付き、キャリアが台無しになった人もいる。彼らは仕事も社会的評判も失った。裁判を避けるために罪を認め、「不足額」の「返済」を迫られた人も多かった。屈辱を受け、経済的に破綻し、無実を訴えても無駄に終わった。被害者の中には自殺したり、精神的にまいってしまった人もいる。

郵便局長たちは巨大な国有組織と執拗な刑事司法に追及され、無力さを痛感したに違いない。1つ細かな点ながら僕がぞっとしたのは、各被害者が「自分だけ」に起こった事件だと思い込まされていたこと。彼らは自分と同じ境遇の仲間が何十人も、後には何百人にもなることを知る由もないまま苦闘していた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story