コラム

あまりに理不尽な冤罪事件...イギリス「郵便局スキャンダル」に怒り再燃

2024年01月17日(水)16時00分

常識に反しているのはまさにここだ。POはその情報を持っていた。詐欺事件の異常な増加が不安定なこのシステムの導入時期と重なっていることに気付いていたのだ。被告の郵便局長たちは、そのソフトウェア上の証拠に基づいて有罪判決を言い渡された。POは、郵便局長たちを訴追するために多額の法的費用すら費やした。システムの異常を認めるよりも、局員の人生を破壊するほうが容易だったかのようだ。これは単なる無能を通り越して、悪意の域にまで達する。

その後、面倒な訴訟を経て、93人の有罪判決が覆った。既に遅すぎだが、全員の有罪判決を一挙に取り消す法案が現在進められている。被った苦しみの償いとして財政的な補償も必要だ。残酷なことに、補償を受けるどころか汚名もそそげないままに亡くなった人々もいる。

そして、誰かが責任を問われなければならないという問題もある。長期にわたり異なる立場や組織の人々がさまざまな度合で大勢関与してきたため、複雑なプロセスをたどるだろう。POの幹部はもちろん、閣僚や富士通の経営陣も含まれる。彼らは大きな役割に見合う地位と報酬を享受してきた。今や大惨事の統括者として報いを受けなければならない。

元CEOは勲章を返還したが

現在、2012~19年にPOのCEOを務めたポーラ・ベネルズに過度な注目が集まっている。ドキュメンタリードラマの中で「悪玉」の代表格たる主要人物として描かれたからだ。彼女は最近、所持していた勲章を返還した。このささやかな行動は国民の怒りをなだめるどころか、スキャンダルが既に公になっていたにも関わらず2019年に彼女が勲章を授与されたことに対して、かえって不信感を高めてしまった。

人々の非難の声は「他人への同情」を超えている。これは社会に対する深刻な背信だ。こんなにも多くの無実の人々が、ばかげて悪意に満ちたやり方で公権力に人生を破壊される可能性があるのなら、同じことが誰に起こってもおかしくないだろう。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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