コラム

欧州の観光地も限界点......世界はオーバーツーリズムをどう克服している?

2023年11月11日(土)15時40分

ロンドンでは特にマスツーリズムのせいで、主要な観光施設の入場料が、インフレをずっと上回る勢いで高騰した。「需要と供給」の仕組みに腹を立てても仕方がないかもしれないが、ロンドン塔やセントポール大聖堂など、イギリス人である僕の「生まれながらに持つ文化的権利の一部」だと思っていた施設の入場料が大幅に値上がりしたことで、ここ何年も自分が排除されたように感じている。1900年代半ばまではタダ同然の入場料だったのに、現在はそれぞれ37ポンド(約6800円)と23ポンド(約4200円)という途方もない金額になっている。

でも他の多くの施設と同様、ロンドン塔とセントポールも最近では、地元住民優遇のために事実上の「2段階」システムを導入しだした。セントポールのチケットは1年間入場可能だから、普通の観光客は1回しか来ないところを、僕たちはその1回の料金で年に5回友達と一緒に行ったりできる(僕の地元にある城も同じシステムで、数カ所の王宮共通の安価な年間パスがある)。

どの国も、観光を奨励することと観光に寛大すぎることの間でバランスを取る必要がある。2021年にイギリスで外国人買い物客向けの免税措置が廃止されたときも、観光客はイギリスに来るのをやめなかったが、買い物は劇的に減った。報道によれば、観光客はロンドンのオックスフォード・ストリートで高級品を「物色」した後、パリに行ってその商品を購入し、そこで免税措置を受けているという。それはイギリスから見れば、単純に「せっかくの儲け話を無駄にする」ようなもの。そのためイギリスは、小売業界が客を失ったのを埋め合わせられるほどの税収は得られていない。

一方で、日本の訪日観光客向けジャパン・レール・パスが最近大幅に値上げされたことから見ても、外国人専用の格安鉄道パスは、もはや不要な大盤振る舞いだったことが分かる。僕も日本を訪問した時にこの手のパスを何度か使ったが、日本人の友達の前で気まずく感じてしまったほどだ。

オーバーツーリズム対策で規則や規制は役に立つが、一朝一夕には機能しない。観光客は混雑した歩道の真ん中で自撮りをしたりなど、いかにも観光客的なことをするものだが、人々の行動は啓発や罰則によって時間とともに変化する可能性がある。数十年前には、誰も犬のふんを拾おうとしなかったし、喫煙者はどこでも好きな場所でたばこに火をつけていたではないか。
 
僕たち旅行者の側も、薄く広く分布しようと心がけるだけで役に立てる。この2年ほど、僕はややマイナーな地域を探索してヨーロッパ中を旅してきた。ノルウェーのベルゲン、スウェーデンのカールスクローナ、ポーランドのグダニスク、スロベニアの首都リュブリャナ、クロアチアの首都ザグレブ、イタリアのウーディネ、オランダのユトレヒト、リトアニアのカウナス、オーストリアのグラーツ、ドイツのライプツィヒ......。

美徳のためにやっているわけではない。素晴らしい体験ができるからだ。安くて、あまり混雑していない場所で。

20241224issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年12月24日号(12月17日発売)は「アサド政権崩壊」特集。アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

独クリスマス市襲撃、容疑者に反イスラム言動 難民対

ワールド

シリア暫定政府、国防相に元反体制派司令官を任命 外

ワールド

アングル:肥満症治療薬、他の疾患治療の契機に 米で

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、何が起きているのか?...伝えておきたい2つのこと
  • 4
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 5
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 6
    映画界に「究極のシナモンロール男」現る...お疲れモ…
  • 7
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 8
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 9
    「私が主役!」と、他人を見下すような態度に批判殺…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「汚い観光地」はどこ?
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 7
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 8
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 9
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story