コラム

特権クリスマスパーティーの痛すぎるダメージ

2021年12月20日(月)11時10分

12月1日に少年合唱団とともに首相官邸のクリスマスツリーの点灯式に出席したジョンソン英首相 Henry Nicholls-REUTERS

<人々に自粛を強いていた昨年末、英政府関係者がパーティーを開いていたことを、イギリスの庶民は決して許さない>

見たことがなくても内容は結構知られている、『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』という映画がある。米大統領が自身の恥ずべきスキャンダルから世間の注目をそらすために架空の戦争をでっち上げるというストーリーだ。大衆は危機の時代には、リーダーを支持しがちだ。

イギリスのボリス・ジョンソン首相が先日、「非常事態」を宣言して新型コロナワクチンのブースター接種を加速する計画を発表するのを見て、この映画のことが思い浮かんだ(ちなみに僕はこの映画を見ていない)。もちろんオミクロン株は架空のものではないし、感染者急増という現実の脅威に直面してもいる。でもそれは、ジョンソンについてある意味都合のいいものでもある。彼が恥ずべきスキャンダルに巻き込まれている最中だからだ。

イギリス国外の人がこの出来事を耳にして「確かにスキャンダルだ!」と思うのか、あるいはなんでそんなことで騒いでいるの?と思うのか、イマイチよく分からない。全ては1年前のクリスマスにさかのぼる。人々は皆、祝祭の行事をキャンセルするよう言われていた。それなのに今になって、首相官邸や政府関係者がある種のパーティーを開いていたことが発覚したのだ。

実際には何が起こっていたのかいまだにはっきりしていないし、ジョンソンの責任の度合いも分からない。でも明らかに説明責任はあるし、政府の信用は損なわれた。世論調査では政府の支持率は大きく落ち込み、野党・労働党に抜かされている。

ブースター接種にも悪影響

ここで問題扱いされているのは、ダブルスタンダードだということ。偽善を軽蔑するのは人間の常だが、僕が思うにイギリスの有権者たちは、支配階級が匂わす偽善を特に忌み嫌う。イングランドでは、「庶民とエリートはルールが別」という怒りのこもった表現がよく使われている。一般化しすぎな言い方かもしれないが、権力者のペテンは肩をすくめるだけで見逃される、という国もある(イタリアやロシアなど)。「権力者なんてそんなもの。仕方がないさ」というわけだ。

イギリスの人々は、自国のリーダーたちが自分たちで作ったソーシャルディスタンスのルールを平気で無視していたことに対し、個人的な怒りを募らせている。テレビをつければ、首相官邸のパーティーとやらを「よくも私の父が亡くなった時に開催してくれたものだ」というような話をしている人々をよく目にする。僕だって、高齢の両親に、今年のクリスマスは集まらないほうがいいかもね、と告げたときの胸の痛みをよく覚えている......代わりにイースターではきっと集まれるよ、と(こちらもかなわなかったが)。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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