コラム

イギリスで慢性化する「貧困の肥満児」

2021年11月24日(水)17時30分
給食無料提供

給食無料提供も問題の根本的な解決にはつながらない SUZANNE PLUNKETT-REUTERS

<貧困層をより苦しめたパンデミックのせいもあり、イギリスでは子供の貧困が悪化している。矛盾するようだが、貧困でおなかをすかせた子供たちは、深刻な肥満の問題を抱えていたりもする>

イギリスでは420万人の子供が貧困に苦しんでいる。ほぼ3人に1人だ。衝撃的な数字だが、「子供の貧困」の定義が全国平均所得に基づく相対的なものであることを理解すると、衝撃度はやや下がる(平均所得の60%以下の世帯の子供は貧困に分類される)。だから理論上は、経済状況が好転している世帯でも、その他大勢の世帯がもっと好調なら、「貧困」に転落する可能性がある。これは貧困というより、不平等を測る基準なのだ。

より憂慮すべきは、イングランド(英国全体ではない)で170万人、20%以上の子供が深刻な貧困と見なされ給食費免除を受けているという事実だ。資格を得られるのは年間所得が7400ポンド(約110万円)以下と極めて低い家庭。実際、ここに当てはまるのは、両親が生活保護を受けている家庭やパートタイム勤務のひとり親家庭が多い。該当者は膨張し続けており、2016年から50万人以上も増加している。

明らかに何かが間違っているのであり、貧困層をより苦しめたロックダウン(都市封鎖)や自宅待機のせいで、新型コロナウイルスのパンデミックが事態を悪化させたのも確実だ。子供の貧困は、学歴や健康やキャリアにおいて、より悪い結果につながるというのも知られている。英政府はこの問題に取り組む具体的な計画を示しておらず、その理由は単純に、解決が難しいからだ。イギリスでは失業者ゼロに近い好景気が長く続いていた時期でも子供の貧困が悪化し続けていて、つまりは単に経済成長や雇用創出の問題ではないということを示している。

「砂糖税」に効果はあったか

子供の貧困問題に取り組んで称賛を浴びている、「プランを持つ男」の1人が、サッカーイングランド代表選手のマーカス・ラッシュフォードだ。彼はロックダウン中に貧困家庭の子供たちに無料学校給食を提供する制度の実現に尽力。その後の夏休み期間中も運用を継続させた。『イギリスの子供に食事を』と題した称賛ドキュメンタリーまで作られ、まるでラッシュフォードが個人的にカネを払って問題解決策を見つけたかのようだった。

だが施しの拡大は、現状はしのげるものの、貧困の根本的な解決にはつながらない。実際、各種手当や支援金は、望ましくない失業状態を意図せず「常態化」してしまう可能性がある。シングルマザーへの支援(生活保護や住宅支援など)は明らかに必要だが、ひとり親世帯は僕が生まれてからの半世紀の間に3倍に増え290万(全体の約15%)になった。子供の貧困の大きな要因の1つであることは明らかなのに、かつてはまれだったひとり親世帯が定着している。同様に、貧困家庭の子供に食事を無料提供することは、長期的には父親が子供の養育に責任を持たないことを無罪放免してしまうことになるかもしれない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日製副会長、4月1日に米商務長官と面会=報道

ワールド

米国務長官、4月2─4日にブリュッセル訪問 NAT

ワールド

トランプ氏「フーシ派攻撃継続」、航行の脅威でなくな

ワールド

日中韓、米関税への共同対応で合意 中国国営メディア
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story