コラム

イギリス人は結局、ブレグジット(EU離脱)をどうしたいの?

2018年07月31日(火)17時25分

もはやブレグジットをめぐるドタバタは『Mr.ビーン』級? KARWAI TANG-WIREIMAGE/GETTY IMAGES

<ハード路線から転換しEU離脱交渉も行き詰まるメイ英政権。離脱派、残留派双方の要求を満たせないまま決裂の可能性も? 本誌7/31発売号「EU崩壊 ソロスの警告」では、世界的投資家ジョージ・ソロスが分裂EUと欧州経済の処方箋を示す>

イギリスで愛されているジョークにこんなものがある。田舎道を運転していた男が車を止め、道端の若者に「町への行き方を教えてくれないか」と聞く。すると若者は頭をかきながら答える。「ええと、僕だったらここからは出発しませんが......」

ざっと言うと、これこそがブレグジット(イギリスのEU離脱)の問題点だ。イギリスはあまりにも深くEUと絡み合ってきたから、その関係をほどいていくのは、単純に「後退」するよりもずっと難しいことが明らかになってきた。

結局、イギリスの有権者が2016年の国民投票で(辛うじて)待ったをかけるまで、歴代英政権はひたすら統合の深化を目指し、数十年にわたってEUと数々の条約や協定を結び続けた。

今なおEU離脱を望んでいないイギリス人は大勢いるし、離脱を望む人もブレグジット後のイギリスをどうしたいのか意見が一致していない──その事実を見れば、メイ政権の迷走ぶりも理解できる。

「論理的」な解決法は、英政府が妥協的ブレグジットで手を打つことだろう。つまり、移動の自由の廃止や、EUへの拠出停止、欧州司法裁判所の管轄からの離脱など、ブレグジット支持者の主要な要求のいくつかにきちんと取り組む。それでいて同時に、EUと近しい関係も保つことだ。そのせいでイギリスは自由に減税ができず、EUの規制から逃れられず、独自の貿易協定が結べないかもしれない。

実際、この妥協的ブレグジットこそ、メイ首相が実行しようとしてきたものだ。もともと「残留派」だったメイは、投票で示された国民の意思を実現すると約束したが、「ハードブレグジット」が本意ではないことは分かり切っていた。

問題は、メイの戦略が二兎を追う者は一兎をも得ず、に見えること。残留派は単純に離脱したくないし、微妙に国家主権を取り戻す程度の恩恵では「割に合わない?」と考えている。

一方で、熱狂的なブレグジット支持派はこれを「BRINO(Brexit In Name Only、名ばかりブレグジット)」と呼ぶ。離脱派の多くにとって、国民投票は単なるEU拒絶というだけでなく、世界経済の中でイギリスが新たな立ち位置を築いていくことへの期待の意味合いもあった。

メイのスタンスは、EU内の発言権も失う上、EUの規制からも逃れられないという、両派の最悪の側面を採用している、と危惧する声も上がる。7月に外相を辞任したジョンソンは、イギリスがひょっとすると「EUを回る衛星の立場から抜け出せなくなる」と発言している。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対

ビジネス

デフレ判断の指標全てプラスに、金融政策は日銀に委ね

ワールド

米、途上国の石炭からのエネルギー移行支援枠組みから

ビジネス

トランプ氏、NATO加盟国「防衛しない」 国防費不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story