コラム

パブから見えるブレグジットの真実

2016年06月16日(木)19時00分

「持てる者」はお仲間同士で付き合いたがる。はっきり言わせてもらえば、他の階層の人々を避けたがっている。気取りもあれば、侮蔑の感情もあるだろう。僕に面と向かって「ウェザースプーンズなんかにいるところを見られたくない」と言った人は1人もいないが、近くのパブじゃなくて地元のウェザースプーンズチェーンに行ってみようよと僕が提案したときに、鼻で笑われたり眉をひそめられたりしたことはある。

 90年代イギリスの世論調査では、労働者階級で保守党支持者を表す「エセックス・マン」という言葉が誕生した(この現象が92年のジョン・メージャー首相の勝利につながった)。アメリカでは、「サッカーママ」と呼ばれる郊外暮らしの中流層が、浮動票として大きな影響力を持っていた。

 僕は「ウェザースプーンズ・マン」という用語を提唱したい。イギリスで進む住宅価格高騰から利益はほとんど得られず、EU加盟によってもたらされたとされている恩恵など微塵も感じられず、投機対象として2軒目の家を買うことなどとてもできず、株も持たず、今のイギリス経済(金利は極端に低く、東欧から安い労働力が押し寄せてくる)にはだまされたと感じていて、相続財産も私立学校での教育もない――そんな人々だ。

 彼らの大半は大学に行っておらず、概して将来有望ともいえない。彼らは時には休暇でヨーロッパに旅行するかもしれないが、南仏よりスペインの安いリゾート地を選ぶ。彼らの声は国政の議論にはほとんど届かない。

 政治家は時に、リップサービスで彼らの不安に応えることもあるけれど、全体的に見てエリートは彼らのことを理解しておらず、彼らに会ったこともないくせに、どうせ外国人嫌いだろう、狭量なのだろう、と考えている。(より幅広い構図を説明するために、僕があえて物事を単純に語っているのはご理解いただきたい)

 間もなくイギリスは、EUからの離脱の是非を問う国民投票を行う。体制派の政治家や産業界、それにメディアのあらゆるすべての人々が、イギリスのEUからの離脱(ブレグジット)を「正気じゃない」と言っている。だけど世論調査によれば、残留支持とほぼ拮抗する40%以上が離脱を支持しているという。いったい誰が離脱なんて支持しているんだ? そう思ったら、「ウェザースプーンズ・マン」を思い出してほしい。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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