コラム

フーリガンの「パリ事件」に隠れた逆差別

2015年03月05日(木)12時14分

 サッカー観戦はオペラ観劇とは違う。仲間意識がかきたてられるし、好戦的になったりもする。もっとも今では、スタジアムやその周辺の安全は見違えるほど改善された。ある意味パリの事件がもたらした「ショック」は、サッカーがいかに安全なものになったかということの裏返しかもしれない。

 僕が十代だった頃、黒人選手にボールが渡ると相手チームのサポーターが一斉にサルの鳴きまねをするのは当たり前の光景だった。ピッチにバナナが投げ込まれることもあった。人種がらみのののしり言葉はあちこちで耳にした。

 ファンだけではない。黒人選手と契約したがらないチームもあった。同等のレベルでも、白人選手に比べて黒人選手の契約金は確実に安かった。そのため資金に乏しいクラブチームが黒人選手と契約することで、彼らの活躍の場を切り開いていった。

 僕はウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンが3人もの黒人選手を同時に抱えていた珍しい時期を記憶している。それは実験的な試みのように見られていた。このチームが素晴らしい試合をした後、監督が「有色人種のどれか」がMVPに選ばれるべきだとコメントしたことがあったのも覚えている。これは称賛の皮をかぶった侮辱だ。いまの時代、こんな表現をする人間はいない。「フォワードの誰か」と言うか、名前を挙げるはずだ。

 あからさまな人種差別主義者でない人々も偏見を抱えていた。僕は父親くらいの世代のサッカーファンが、こう言うのを聞いた――黒人選手は「生まれつきの才能」があるからチームに1人か2人いるのはけっこうだが、「サッカーをする知性」に欠けるから、それ以上いるのはよくない。

■階級の問題も潜む

 パリの地下鉄でフーリガンが叫んだ言葉の使い方は興味深い。黒人が嫌いだから人種差別するのではなく、「差別したいから」するのだという。深読みは危険だが、フーリガンは「やりたいことをやる」、つまり悪ふざけや侮辱を楽しんでいるのだと言っている。こうした行動は群集心理から生まれるもので、人間が群れるとチンピラ集団に変わる理由でもある。

 しかし同時に彼らの叫びからは、抑圧された人間特有の憎悪も感じられる。人種差別は最も邪悪で、人種問題に無神経なお前たちはモンスターだとか何とか、彼らも四六時中後ろ指をさされているからだ。

 90年代前半から、サッカーの試合における人種差別的な掛け声は違法になった。差別的な発言をしたりツイートをしたりした人間は起訴される可能性があり、実際に何人かは実刑を受けている(フーリガンだけではないが)。誰かに向かってデブ、赤毛、ハゲ、ブス、あるいは思いつく限りの悪口を浴びせても法律には触れない。ただし、黒人と侮蔑するのはまずいのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story