コラム

若々しさを保つ「テロメア」は延命効果よりがんリスクの方が高い?

2023年05月16日(火)16時35分

その後の研究で、テロメアの長さはヒトの老化や寿命にも関係している可能性があることが報告されています。

たとえば、東京都健康長寿医療センター研究所の研究チームは2011年に、思春期に白髪や骨粗鬆症など加齢症状を示す早老症(ウェルナー症候群)の患者の骨格筋組織や皮膚組織では、テロメアが短縮していたことを報告しています。慶応義塾大と英ニューカッスル大の国際研究チームは15年に、100歳以上の長寿者とその家族ら約1500人を分析し、長寿者はテロメアが長く、老化を促進させる炎症マーカーの値が低かったと発表しました。

もっとも、テロメアが長いことは良いことばかりではありません。

09年にノーベル生理学・医学賞を受賞したエリザベス・H・ブラックバーン氏は、テロメアの配列を同定し、テロメアを伸長する酵素「テロメラーゼ」を発見した業績で知られています。

ブラックバーン氏は、ノーベル賞を同時受賞した教え子のキャロル・Wグライダー氏とともに「通常、体細胞はテロメラーゼ活性がないため、テロメアが限界まで短縮すると細胞は増殖できなくなる。対して、がん化した細胞ではテロメラーゼでテロメアの長さが修復されるため、細胞が無限に増殖できる」ことも発見しています。つまり、長いテロメアは異常細胞の排除を防ぐ役割を果たしているということです。

速やかに排除すべき変異細胞の耐久性も向上

では、実際に長いテロメアを持つ人の健康状態はどのような特徴があるのでしょうか。その疑問を解決しようとしたのが、今回のジョンズ・ホプキンス大の研究です。

研究チームは、テロメアの長さを制御する遺伝子「POT1」が変異したため生まれつき長いテロメアを持つ人を探し、7歳から83歳までの5家族17人を見つけました。17人のうち13人のテロメアの長さを測定したところ、全員が一般の人よりも90%長いテロメアを持っていました。また、70代の6人は全員が白髪になるのが遅かったと話し、若々しさが長く保たれていることが確認されました。

けれど、彼らの健康状態を2年間、追跡調査したところ、17人中12人が甲状腺腫(甲状腺肥大)、子宮筋腫、黒色腫、リンパ腫、様々ながんなどの良性あるいは悪性腫瘍を経験し、これらの中で複数の病歴を持つ人もいました。また、そのうち4人は研究期間中に死亡し、リンパ腫、結腸がん、白血病、脳腫瘍を患っていました。

さらに参加者のうち12人の血液を調べたところ、8人(67%)で異常な造血幹細胞が増殖する「クローン性造血」の兆候がみられました。

クローン性造血は、血液のがんだけでなく、心血管疾患や脳血管疾患のリスクとなることが知られています。加齢によって頻度が高くなり、通常は70歳以上の10~20%で起こります。長いテロメアを持つ参加者たちで見られた割合は、一般の高齢者と比べてはるかに高い値でした。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story