コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(2/3)──母親より自分のことを知る存在にどう対処すべきか

2020年07月16日(木)14時25分

タン 子供が例えば気候変動に関心を持った時に、紙の教科書が教えてくれるファクトや考えに頼るのではなく、気候変動に興味を持っている様々なサークルの先生にリーチし、そこから学ぶことができるようになりました。問題を理解して解決したいという強い思いがない事象に関して、いくら教科書で教えてもあまり意味がないからです。

自己動機づけ学習の考え方が、新しいカリキュラムの核心です。台湾では過去何十年にもわたって代替教育、実験的教育、家庭教育などの様々な教育実験を行なってきました。その結果として自己動機づけ学習のカリキュラムが始まりました。これらの教育実験はすべて合法で、過去10年にわたり台湾の若者の10%までは、公式のカリキュラムに縛られず、自分でカリキュラムを選択することができるようになっています。

何がうまくいって何がうまくいかないのかを学んだ上で、同じ問題に取り組んでいる自律的なサークル学習方法が最適であると判断したのです。この方法で、個人対個人の競争に発展しがちな東アジアで主流の教育の考え方から解放されることでしょう。

東アジアで主流の直線的な成長に囚われてしまえば、陸上競技のように1位、2位、3位と、子供達の間に勝敗が生まれます。しかし、解答を求めてシステム的な問題に取り組む場合は、基本的には自分でコースを選びます。ですのでスタートした時点で、既にだれもが勝利しています。

そうすると、あなたはまた、すべての異なる分野、すべての異なる文化から、超文化的な方法で新しい「(関心事の)星座」を形成している他の人々と出会うことになります。このようにして、あなたが出会った人たちは皆、全く異なる文化の中にいることになり、おそらく世界観についてはお互いに意見が異なることになるでしょう。

もし彼が拡張現実や支援知性で自分自身をエンパワーしようとすれば、彼らのアルゴリズムは恐らくまったく異なる価値観を持つことになるでしょう。そうすれば、子供はある意味で自分の「(関心事の)星座」を形成することができるようになるでしょう。

RadicalxChange財団の考えである交差データの考え方が、本当に光るのはここだと思います。自分自身をハッシュタグの束として定義した場合、より多くの次元を探求すればするほど、ハッシュタグの組み合わせはよりユニークなものになります。

最終的には、私は私が自分自身に関連付けるハッシュタグの集合体になり、異なるアイデアや異なる価値観に役立つデータを取捨選択するようになります。もちろん自分が選択した「星座」の本質に沿った形での取捨選択です。これがデータの尊厳という考え方の核心部分です。

ハラリ AIのメンターという考え方は、一つの軌跡や特定の価値観を意味するものではないと思います。まさにその逆です。それは実際には伝統的な教育システムよりもさらに探求と幅広い興味を奨励することができます。

音楽のようなことを考えてみましょう。私には特定の音楽の好みがあるとします。アルゴリズムの相棒やアルゴリズミックのメンターの未来シナリオの1つは、私の好きなものをAIが学習して、それをどんどん与えてくれて、私を繭の中、もしくは私自身の過去の偏見や意見の牢獄のようなものに閉じ込めてしまうというものです。

しかし、逆の見方をすると、私のことをよく知っているからこそ、新しい音楽に触れるための最良の方法を知っているということです。頑張りすぎると裏目に出ることもありますよね。だから、私に与える音楽の10%は、私自身では聞こうとは思わないようなジャンルの音楽にするかもしれません。また、一日や一週間の中で、私が新しい経験を最も受け入れやすい時間帯を知っていて、その時間帯に異なるジャンルの音楽をかけてくるかもしれません。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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