コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(2/3)──母親より自分のことを知る存在にどう対処すべきか

2020年07月16日(木)14時25分

ハラリ なぜアルゴリズムがこの人を起用したり出世させたりするのか、党員のだれも理解できないままにアルゴリズムを信頼する。いずれそんな時代になる可能性があるように思います。

そしてついにはアルゴリズムが党を支配するようになります。ある日、党のトップがはたと気づきます。 「どうしよう。やり過ぎだ。もはやコントロールできなくなった」。気づいたときは、もはや手遅れ。アルゴリズムが下級官僚を全員任命してしまっています。

この種のアルゴリズムによる乗っ取りは、ロボットの反乱のSFシナリオよりも、はるかに可能性が高いと思います。また実際には、民主主義政権よりも権威主義政権の方がアルゴリズムによる乗っ取りが、はるかに簡単に起こります。というのは必要なのは、上層部の人々がアルゴリズムを十分に信頼するようになることだけだからです。一方、民主主義では、アルゴリズムが乗っ取るためには、何百万人もの人々にアルゴリズムを信頼するように説得する必要があります。権威主義的な政権では、一握りの人々を納得させるだけで十分です。それに彼らには、権力者がすべての情報を収集し何もかも知っていることがいいことだという論理を受け入れる下地が、既にできているわけですから。

しかしこれは可能性のあるシナリオの一つに過ぎません。 価値観問題の本当に深い問題は、たとえ民主主義があり、異なる物の見方をする人が数多くいたとしても、アルゴリズムが私たちのことをよりよく知っていて、 人生の意思決定の場面でアルゴリズムの意見に耳を傾けるようになると、 私たち自身の価値観も次第にコントロールされていくということです。幼い頃からアルゴリズムが私たちの側にずっといるのであれば、なおさらそうです。

私は現在44歳なので、私の価値観は何十年もの経験によって形成されてきました。今になってアルゴリズムが私のために意思決定をするようになったとしても、アルゴリズムが私の核となる価値観を変えることは難しいでしょう 。
しかし、もし赤ちゃんや幼い子供から、子供の人生についてより多くの決定がAIメンターによってなされるとしましょう。そのAIメンターは、実際にどこかの企業に仕えている邪悪なメンターではなく、その子供の利益のためを考えて動くメンターだったとします。

あなたはこのAIメンターを信頼していても、その決定がどこから来ているのか分からない。全てのデータを調べても、理解することはできません。しかし、これらの決定は子供が成長していく中で、その子の価値観を形作っていくのです。だから繰り返しになりますが、私はこのことについて、いいとも悪いとも考えていません。ディストピアになる、ユートピアになると主張しているわけではありません。歴史家として、この全く新しい状況を非常に興味深く思っているだけです。

Puja Ohlhaver(司会者) RadicalxChangeのアイデアの一つにデータの尊厳があります。オードリー、あなたは会話の最初の方で、アーキテクチャについて言及していましたね。ここで考慮すべきことの1つは、このような多元性を持つようにアルゴリズムをどのように構築できるか、データの尊厳をどう担保するのかということだと思います。

データの尊厳という考え方は、データの管理とデータの利用を分けて考えるというものです。この2つを分離することで、最終的には大手テクノロジー企業や政府が持っているデータの独占と独占欲を、打ち破ることになります。

管理と使用を分離すると、多くの異なるデータ協同組合や団体ができて、そうした組合、団体間で特定のアルゴリズムを受け入れたり拒否したりすることができるようになります。このような複数の集合体が持つデータの上に、複数のアルゴリズムが存在するようになり、われわれはその中から好きなアルゴリズムを選択できるようになると思われます。

オードリー、それはユヴァルが心配している問題を解決できる、説得力のある未来のビジョンだと思いますか?

タン 一人のメンターという考え方は、一種の直線的な発達過程を前提としています。中学中退者の私は直線的発達過程の経験がないので・・・。大学とかいうものに通う人がいるとかいう話は耳にすることがありますが(笑)。

いずれにしても、何が言いたいのかというと、台湾では昨年からの新カリキュラムでは、子どもたちが自分たちでプロジェクトを設定して問題解決型学習で構造的な問題を解決していくように、アドバイスしています。

そして先生方は、それは学校の先生かもしれませんし、コミュニティ・カレッジの先生や、地域の高齢者学習グループや先住民族の言語サークルなどの先生であったりするかもしれません。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story