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ドイツの街角から

シュピッツナーゲル典子|ドイツ

最新作は180万円の「鯉」 ベース製作の革命児イェンズ・リッター氏に聞く

リッター氏は、子供の頃から手作業が好きだった。カッターナイフで木材を切り、遊具を作り友人と遊んでいた。木の取り扱いやノウハウは、大工だった祖父から教えてもらった。父からのプレゼント「電動ドリル」を手にしてからは、ますます木工作業にのめりこみ、家具作りや修理もこなすようになった。

13歳になると、初めて市販のベースを買った。その後、バンドに参加し演奏した。使えば使うほど、デザインやサウンドの優れた楽器を欲しいと思うのはひとの常。だが、お金のなかったリッター氏は高価なベースを買うことができず、自分で作り始めた。これが「リッターベース」のビジネスの起点だ。

ベース製作を本業にすると決心したのは22歳の時。それまで地元の大企業に勤めていたが、自分の好きな道を進みたいという思いは募るばかりで、やるなら今しかないと思った。一方で安定した収入のある会社を辞めるのは正直迷ったという。手工職人業界はヒラルキー社会だ。しかもベース製作者として専門技術の習得もしていなかったリッター氏は、業界人の冷ややかな視線を感じつつ、ひたすら学んだ。

イタリア・クレモナのストラディヴァリ・バイオリン職人のもとで修業を重ねた。電気工学技術や美術学校で彫刻技術も修得した。

そんななか、自分の作品は果たして業界で通用するのかどうか知りたくなった。独一流音楽雑誌社へ4弦ベースを持ちこみ、率直な意見を聞いた。すると音楽専門家の評価は非常に高く、早速同雑誌に掲載された。これを機に「リッターベース」は脚光を浴び、注文が殺到した。そして24歳でダイデスハイムに工房を創設した。

「ダイデスハイムは作品に命を吹き込む作業に没頭するのに最適な地です。すぐそこにある自然の中で散策やサイクリングに出かけたりと好きな時に気分転換できるのはありがたい」とリッター氏。

ビジネスを拡大すれば失うものもある

「実は、アジアに支店を開いてほしいというオファーも来ている」とリッター氏は教えてくれた。だがそれを断わった。理由は「ビジネスを拡大することで失うものもある」からだという。

「支店を持つことで、ストレスも多くなります。それが作業に反映し、自分の満足する作品ができなくなるのは目に見えています。『リッターベース』は、工場で大量生産される作品とは違い、すべて手作り。客の要望は毎回異なり、木材はいつも同じ状態とは限らない。手作りならではの温かみや感触、サウンドやデザインに満足できる作品を製作するには、居心地の良いこの工房から離れる訳にはいきません。長年かけて培ってきた技術やオリジナル性は、ここだからこそ生まれるのです」

コロナ禍が浮き彫りにした大切なもの「家族、健康、友人とのつながり、感謝の気持ち」などはお金で買うことは出来ない。「家族がいて、ベストな作業環境の中で作品を作り上げ、客の満足する声を聞くことができれば本望」とリッター氏は語る。

近年リッター氏の作品は、芸術品として買い求めるコレクターも増えているそうだ。「リッターベース」は、ニューヨークのメトロポリタン美術館(MOMA)、ワシントンD.C.のスミソニアン博物館、ボストン美術館にも展示されている。

「最高品質の楽器を使って奏でる音楽を後世代にも聞いてほしい。それを自分の作品で伝えることが出来れば、製作者としてこの上ない幸せ。自分がこの世にいなくなっても美術館の『リッターベース』は長く生き続けます」

リッター氏の工房を初めて訪問したのは、15年ほど前。それ以来、何度も工房を訪問し、お話を聞いた。今後もどんな素敵な作品を生み出していくのか楽しみだ。

 

Profile

著者プロフィール
シュピッツナーゲル典子

ドイツ在住。国際ジャーナリスト協会会員。執筆テーマはビジネス、社会問題、医療、書籍業界、観光など。市場調査やコーディネートガイドとしても活動中。欧州住まいは人生の半分以上になった。夫の海外派遣で4年間家族と滞在したチェコ・プラハでは、コンサートとオベラに明け暮れた。長年ドイツ社会にどっぷり浸かっているためか、ドイツ人の視点で日本を観察しがち。一市民としての目線で見える日常をお伝えします。

Twitter: @spnoriko

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