スペインあれこれつまみ食い
スペイン新首相選出ならず 鍵を握るのはカタルーニャ独立派
7月に行われたスペイン下院総選挙。国民投票の結果中道右派の国民党が第一党となりましたが、獲得議席数が過半数に達しなかったため新首相が決定には至らず。国民党のフェイホー氏が新首相候補として指名され国会内で信任投票が行われましたが、反対票が賛成票を上回ったため不選出となりました。11月末までに次期首相が決まらなければ来年1月に再び国民投票からやり直しになります。
信任投票 2回とも不選出
7月に行われた国民投票で137議席を獲得した国民党。現与党の社会労働党(中道左派)に16議席もの差をつけたものの過半数には達しなかったため、この時点で政権奪回するには至りませんでした。国民党のフェイホー政権誕生か、社会労働党の現サンチェス首相が続投するか、国民の注目が集まる中8月に国王フィリペ6世は国民党のフェイホー氏を新しい首相に指名。9月27日に1回目のフェイホー氏に対する信任投票が国会で行われましたが、結果は賛成票172票と過半数に届かず不選出となります。48時間後に行われた2度目の信任投票でも賛成が172票と反対の177票を下回り、国民党はこの信任投票での政権奪回のチャンスを逃しました。
今後の選挙の流れ
この後フェリペ6世は新たな首相候補を指名します。現時点で正式な発表はありませんが、間違いなく国王は次の候補者として社会労働党のサンチェス首相を指名するでしょう。その後、10月半ばにフェイホー氏と同様にサンチェス首相の信任投票が国会内で行われ、これで過半数がサンチェス首相に賛成票を投じた場合はサンチェス首相が続投となることが決定し、もし否決されれば国会は解散され来年1月14日に再び国民投票からやり直すことになるのです。
サンチェス首相の勝算は
サンチェス首相の勝利の鍵を握っているのはカタルーニャ独立派であるジュンツ党とカタルーニャ共和主義左翼(ERC)。またバスク独立派のバスク民族主義党(PNV)とBildu党と言われています。彼ら独立派の賛成票なしにはサンチェス首相の続投は不可能。続投のためなら何でもする勢いのサンチェス首相は、彼らに賛成に投じてもらうための根回しに余念がありません。
独立言語を議会内で
まずサンチェス首相が独立派の気を引くために行ったのは、カタルーニャ語、バスク語、ガリシア語を議会内の公用語として認めること。スペインは歴史的に様々な国が併合されてできた国なので、スペイン語以外に独自の言語を持つ州がいくつか存在します。これらの州で育ったスペイン人たちは全国で使用されてるスペイン語と州の独自の言語の両方を母国語として使いこなすバイリンガルなので、議会内でスペイン語でやりとりすることに対して全く不自由は感じていないのですが、言語は彼らにとって大切なアイデンティティのひとつ。これらの言語をスペイン議会内で公用語として認めることは、独立派政権にとっては独立に向けた大きな一歩となるのです。しかし、スペイン語ネイティブであるにも関わらずあえて独自言語を話す議員らと意思疎通を取るためには、同時通訳を雇ったうえに議員ひとりひとりにイヤフォンを用意し装着してもらう必要があります。さらに通訳の訳し方によって伝わるニュアンスが変化したり、誤訳などのミスが起こる可能性がゼロではないため議員や国民の間では「必要ない」「税金の無駄遣い」と批判の声も上がっています。
そんな中、9月19日独立言語の使用が認められた最初の演説が行われました。しかし極右政党VOX党の議員たちは演説中にイヤホンをサンチェス首相の席に返却し退出するというパフォーマンスを行い、国民党の議員らはイヤホンの装着を拒否することで抗議の意を示したのです。バスク独立派のBildu党は「リスペクトに欠ける行為だ」と抗議を行った政党を批判しましたが、彼らが行った行為はスペインの多言語を否定するためというよりも、サンチェス首相の独立派に向けたゴマすり作戦に対する批判と捉えた方が良いのかもしれません。
独立派の有罪政治家を無罪に
サンチェス首相の独立派に対するご機嫌取りはこれだけに留まりません。サンチェス首相は、カタルーニャ独立派の政治家プッチェモン元州首相を無罪にすることで独立派政党の票を稼ごうとしているのです。
今回サンチェス首相の続投の鍵を握る政党とひとつであるジュンツ党の創業者でもあるプッチェモン元州首相。彼は2017年にカタルーニャ独立宣言を違法に行ったことで反逆罪などの罪に問われており、現在は刑を逃れるためにベルギーに国外逃亡しています。ジュンツ党とカタルーニャ共和主義左翼(ERC)はこの恩赦法を実現しなければサンチェス首相に賛成票を投じないとプレッシャーをかけているので、サンチェス首相としてはどうしてもこの法を押し通したいところなのですが、これにはさすがに多くの反対の声が寄せられています。
9月24日この恩赦法に対する抗議デモが国民党によって計画され、6万人がマドリードに集結しました。首相という座を維持するという目的で一度法廷で有罪判決を受けた人物を無罪にするという行為が果たして民主主義の国で行われる行為なのか、これが他国からの信頼に影響を与えることはないのか、これにはサンチェス政権の支持層からも疑問の声が上がっています。
独立派政党と手を組むサンチェスと、極右政党を手を組むフェイホー。どちらの候補者が勝利すればスペインのためになるのかと問われれば思わず「うーん」と唸り声をあげてしまいたくなるような選挙ですが、果たして年内に新しい首相が決まるのでしょうか。
著者プロフィール
- 松尾彩香
2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。
Twitter: @maon_maon_maon