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スペインあれこれつまみ食い

松尾彩香|スペイン

スペイン豪雨災害 行政対応の遅れが招いた人災

©️YouTube - DANA | Continúan las labores de búsqueda de desaparecidos en las zonas afectadas | EL PAÍS

スペインのバレンシア自治州を襲った記録的な豪雨災害は、死者211名、多数の行方不明者が出る大惨事となりました。災害から6日が経過した今も行方不明者の捜索活動は続いていますが、日々増加する犠牲者の数を伝えるニュースに国民は深い悲しみと憤りを感じています。またこの災害では、自然の猛威そのものだけでなく、行政の初動対応の遅れと政府間の連携不足が被害を拡大させたとして、被災者をはじめとするスペイン国民の怒りは頂点に達しました。

  

事前予測があったにもかかわらず

バレンシア地方では、この時期の豪雨は珍しくありません。しかし今回の災害では異常な規模の豪雨が予測されていたことから、国立気象庁はその日の朝からバレンシア各地域に最高レベルの赤色警報を出していました。しかし事態を大袈裟したくないカルロス・マソン・バレンシア州首相は住民たちに危機的状況を知らせる警報SMSを送信することを拒んでいたため、住民たちは危険を知らされることなく日常生活を送っていたのです。

ようやく警報SMSが住民の携帯電話に届いたのはすでに被害が拡大し始めた夜8時ごろ。事の重大さを知らされた住民らは一斉に避難を開始し、仕事場から急いで帰宅する車や、安全な場所に逃げようとする車で街は溢れかえりました。そこに洪水が津波のように街を襲い始め、逃げ場を失った多くの人が犠牲となってしまったのです。

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©️YouTube - DANA en Valencia: ¿Qué falló? 3 razones que explican lo mortales que fueron las inundaciones

 

市民が先行した救助活動

問題はそれだけではありません。災害発生後も、被災地には数日間にわたって救助隊や支援部隊が到着しなかったのです。地元の消防隊だけでは対応が追いつかない中、バレンシア市の市民たちは自ら清掃用具や食料を持参して被災地へ赴き、救助活動に加わらざるを得ない状況となりました。

政府からの支援が届かないという被災者たちの嘆きをSNSで知った全国の市民たちは、11月1日から3日までの3連休を活用して被災地へ駆けつけています。彼らは政府に先駆けて瓦礫の撤去作業や物資の配給を開始し、被災者たちの命をつなぎとめる役割を果たしました。

しかし、完全に冠水した地下駐車場やアンダーパスでは、一般市民の力だけでは対応が不可能でした。公的支援部隊が派遣されるまでの約5日間、市民たちは中に取り残された犠牲者がいることを認識しながらも、なすすべもない無力感を抱えたまま、できる範囲での清掃活動を続けるしかありませんでした。

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バレンシアに押し寄せたボランティアたち©️YouTube -La Generalitat coordina a la marea de voluntarios: 15.000 personas se han presentado para ayudar

 

浮き彫りになった行政の問題点

この災害で最も深刻な問題として浮上したのが、スペインの行政システムの欠陥です。スペインは日本と違い「州制度」を採用していますが、危機管理における権限と責任の所在が不明確で、大規模災害時の対応メカニズムが確立されていないのです。また政権同士の対立などもこういった非常時に対応を遅らせる原因となっています。

例えば中央政府は州政府からの支援要請がない限り、全国の軍や救急隊らに出動命令を出すことが基本的にできません。現在中央政府の政権を握っているのは中道左派の社会労働党ですが、バレンシア州はそれに対立する国民党が政権を握っています。敵対する政党に助けを求めたくない、というバレンシア州のエゴが、中央政府への支援要請を遅らせる大きな原因となりました。また、中央政府も緊急事態レベルを3に引き上げることで州からの要請を待たずに軍を派遣することができたのにも関わらず、それを行わなかったことも対応が遅れた原因といえます。こういった政党同士のプライドのぶつかり合いが非常事態に対応が遅れる原因となる例はこの国では残念ながら珍しいことではなく、今年1月に大量のマイクロプラスチックが北海岸に漂着したときも同じ理由で政府が対応することがなく、ボランティアが海岸の清掃活動にあたったこともありました。(過去ブログ:スペインに次々流れ着くマイクロプラスチック 中央政府は嬉しそう?)

さらに、隣国フランスの災害支援グループ(GSCF)が被災地アルファファルに最初の救助隊として到着した動画がスペインで拡散され話題になっています。スペイン国内の消防や救急サービスよりも早く到着した支援グループは動画の中で、現地住民との会話でスペインの警察すらもまだ到着していないことを知り、「私たちが最初の救助隊なのか?」と驚いた様子を見せました。またフランスのブルーノ・ルタイユオー内相は、スペインのフェルナンド・グランデ=マルラスカ内相に250人規模の消防隊の派遣を提案しましたが、スペイン政府によってこの申し出が拒否されたことを明らかにし、国民らの怒りをさらに買う結果となりました。そんな中ペドロ・サンチェス首相は、災害発生4日にようやくバレンシア州政府の要請を受けたことにより5,000人の軍隊と5,000人の警察・治安部隊の派遣を決定しましたが、国民からは当然の如く「遅すぎる」と批判の声が絶えません。

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サンチェス首相©️YouTube - PEDRO SÁNCHEZ, declaración tras INSULTOS e INDICENTES en PAIPORTA junto al REY | DANA VALENCIA

    

国王らが被災地訪問

11月3日、フェリペ6世国王とレティシア王妃、ペドロ・サンチェス首相、カルロス・マソン州首相らは、最も被害の大きかった地域を視察に訪れました。しかし、被災から6日が経過しても十分な支援が届いていないことに対する住民の不満が爆発し、異例の事態となってしまったのです。怒った住民からは「人殺し!」「帰れ!」と罵声が浴びせられ、国王らに向けて棒や泥が投げられ現場は大混乱。レティシア王妃のボディガードは棒が当たったことで頭から流血。王妃も投げられた泥が顔にあたり、泥だらけになりながらの視察となりました。

サンチェス首相は危険を回避するために車両に乗り込み、住民に窓ガラスを破壊させるなどしながら何とか現場を後にしましたが、フェリペ6世国王とレティシア王妃は現地に留まることを決め、被災者との対話を続けました。フェリペ6世国王は訴えかける住民らを抱きしめ、レティシア王妃も顔や手が泥だらけの中、時に涙を流しながらも被災者の話に耳を傾ける姿が話題になっています。

マソン州首相はSNSで「社会の怒りは理解できる。それを受け止めることは私の政治的、道徳的義務だ。今朝の国王の態度は模範的だった」とコメント。サンチェス首相も「一部の限定的な出来事に左右されることなく、バレンシアと全スペイン国民が望むように、前を向いて進んでいく」と述べ、地方自治体との連携を強調しました。

この災害は、1967年にポルトガルで500人以上が犠牲になった洪水以来、ヨーロッパで最悪の洪水被害となっています。現在も約3,000世帯が停電に見舞われており、インフラの被害も甚大で、復旧には相当な時間を要すると見られています。

 

Profile

著者プロフィール
松尾彩香

2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。

Twitter: @maon_maon_maon

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