スペインあれこれつまみ食い
スペイン平等省がリリースした家事分担アプリと国民の不満
性別の自己決定を合法化したり管理職にクオータ制を導入するなど、ジェンダー平等や多様性の実現のために様々な法整備をやってのけてきたスペインの平等省。これまでの常識を覆す大胆な決断の連続に批判的な声も少なくない同省ですが、今月ジェンダー平等に向けた新たなアプリを発表し更なる波紋を呼んでいます。
家事分担アプリ「Me toca」
「娘のお迎え30分」「トイレ掃除20分」「洗濯たたみ45分」。このように家事に費やした時間を記録し同居家族と共有することのできるアプリ「Me toca」が、今月7日平等省によって発表されました。App StoreとGoogle Playで無料ダウンロード可能なこのアプリでは、誰に家事の負担が集中しているかを見える化することによって、家事の分担の見直しに役立てることができるようになっています。
「このアプリは割り勘アプリのようにとてもシンプルなものです。家族だけでなくルームシェアの相手など、様々な同居の形に取り入れて欲しいです。」と同省のアンへラ・ロドリゲス氏言います。しかし一方でイレネ・モンテロ大臣は「調査結果によると、女性は男性に比べて週12時間半も多く家事に時間を費やしているのです。この調査結果で私たちが気付いたことは、私たちの社会では家事に追われることによって女性たちが他のことに時間を使えていないと言うことです。これは健康面にも影響を与えています。例えば女性は病院の予約を先延ばしにしてしまいがちなのです。」と、家事における男女の不平等とその影響を指摘。このアプリは何よりも「家事分担における男女の不平等の解消」を一番の目的としているのでしょう。
税金の無駄遣い
日本でも問題視されている男女間の家事の分担。画期的のように感じるこのアプリですが、現地では批判の声が多く上がっています。国民を怒らせている一番の原因は多額な税金の投入。このアプリを開発するのに21万ユーロ(約3300万円)以上の税金が使用され、またこのアプリを運営していく上で今後も継続的に税金が使われていくことに対して多くの国民が不満を持っているのです。すでに家事分担アプリは存在しているにも関わらず、なぜ多額の税金を使ってまで同様なアプリを新たに開発する必要があったのかと、リリース早々に批判の声が相継ぎました。また平均的に女性より男性の方が労働時間が長い調査結果があることや、好んで専業主婦を選んでいる女性の存在を考慮せず、家事に費やす時間のみにフォーカスしている点にも疑問の声が寄せられています。
平等省の信頼度は右肩下がり
2020年に現イレネ・モンテロ大臣をトップに、省庁として2度目の設立を果たした平等省。ジェンダー平等、多様性、女性の権利など様々な課題に果敢に取り組んできましたが、最近は何をしても批判が集中してしまいます。同省の信頼度がガタ落ちする決定的なきっかけとなってしまった出来事が「イエスだけがイエス法(Ley solo sí es sí)の制定」。去年10月に同省によって制定されたこの法律には、女性に対する精神的暴力と肉体的暴力の区別をなくし、刑期の幅を広げると言う内容の改正が含まれていました。しかしこの改正が適応されることによって、現在服役中の加害者たちを減刑に導いてしまうと言う予想外の結果を招いてしまったのです。
2016年、パンプローナで行われた牛追い祭りで5人の男性グループが18歳の少女を集団レイプする事件が起きました。当初この犯行グループの最年少メンバーであるホセ・アンヘル・ボサ被告には懲役15年が言い渡されていたのですが、なんと今月12日このイエスだけがイエス法が適用されることによって彼の刑期が1年減刑されることが確定してしまい、現在お茶の間を騒がしています。
このようにこの法律が施行されてから減刑が適用された受刑者の数は1200人以上とも言われており、この法律を制定したイレネ・モンテロ大臣は責任を問われ彼女に向けた厳しい批判の声が後を絶ちません。サンチェス首相もこの法律に関しては「自分の任期の中で最も重要な間違い」と認めている一方で、モンテロ大臣は「悪いのはこの法の本意を理解していない裁判官であって制定は間違いはなかった」と、法の修正すらも認めないほど強気な姿勢を示し、その態度が多くの国民から更なる反感を買っているのです。それ以来、モンテロ大臣は右派だけでなく左派からも支持を落としており、彼女の言動ひとつひとつに批判が集中するようになってしまいました。
7月に行われた下院総選挙で第一党となり、現段階で次期政権を握る可能性が最も高いとされている国民党は、この平等省を解体することを公約として掲げています。残り少ない任期で国民の信頼を取り戻すことは平等省の存続のために大事なことだと思いますが、モンテロ大臣がこのイエスだけがイエス法の過ちを認めない限りは、ジェンダー平等のアプリを作ったところで評価を上げることはできないでしょう。
著者プロフィール
- 松尾彩香
2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。
Twitter: @maon_maon_maon