スペインあれこれつまみ食い
代理母で批判集中?スペイン大物女優が68歳で母になる
「代理母」現在のスペインのメディアはこのテーマで持ちきりになっています。
スペインの週刊誌「¡Hola!」は先月29日、超有名女優アナ・オブレゴンが赤ちゃんを抱いてマイアミの産婦人科を後にする瞬間をスクープとして報じました。アナ・オブレゴンは御年68歳。赤ちゃんは彼女自身ではなく代理母が産んだことが既に分かっており、代理母を法律で禁止しているスペインではこの出来事が政治家たちをも騒がせるほどの大騒動となっているのです。
知らぬ人はいない超有名人
アナ・オブレゴンはスペインの超有名人。女優として数多くのドラマや映画に出演しているほか人気テレビ番組の司会を何度も務めていたため、ほとんどのスペイン人は「アナ・オブレゴン」と聞くと彼女の顔がパッと頭に浮かぶのです。
80年代から映画やテレビに引っ張りだこだったアナ・オブレゴンは、1992年にテレビタレントのアレッサンドロ・レキオとの間にアレックスという名の息子を授かりました。アナは一人息子のアレックスを溺愛していましたが、2020年にその最愛の息子を27歳の若さで癌で亡くしてしまいます。息子の死後、周囲に「人生の明かりが消えた」と何度か口にしていたアナ。悲しみに満ちたアナとアレッサンドロ宛に、スペイン王室は2回電話をかけ彼らを励ましたと言います。息子アレックスの死は世間にも知られていたため、彼女が新たに子供を授かったことに対してポジティブな意見を述べる人もいますが、多くの国民がこの出来事を好ましくないと考えている様で、現在メディアやSNSはこの話題で持ちきりになっています。
批判の理由
アナ・オブレゴンが代理母で娘を授かったことに対する批判の理由は主に2つあります。
一つ目の理由は年齢。スペインの法律では養子で新生児を迎えられるのは45歳までと法律で決まっていますが、アナ・オブレゴンは68歳で代理母を使って母親になりました。70歳近くなって果たして子供を育てあげることができるのかどうか、もし独身のアナが亡くなってしまったら親のいない子供はどうなってしまうのか、世間からはそんな心配の声が上がっています。
二つ目の理由は、代理母出産はスペインでは禁止されているにも関わらず外国でそれを行ったということ。スペインで母親になれないと分かっていたアナ・オブレゴンは、わざわざマイアミに行って代理母と契約を交わしました。さらにスペインでは法律上45歳を超えると自然妊娠でない限り新生児を迎えることはできませんが、外国で代理母や養子縁組で子供を授かりその国で親子として登録して帰ってくれば、スペインで親子として法的に申請ができるという法律の抜け穴が存在します。アナはその抜け穴を使って娘を迎え入れたということで国民からは「汚い手を使った」「金持ちの特権」などと批判されているのです。また、女性の権利に敏感なスペインでは、代理母を「性的暴行」「売春」「人身売買」と捉えるのが一般的な様で、これには多くの政治家たちも否定的なコメントをしています。
スペイン政府と代理母
今年2月にスペインでは中絶法の改正が行われましたが、当初平等省によって起草された改正案には「外国で代理母を使って親になったスペイン人に罰則を与える」という文言があったほど、この国では代理母に対して否定的な動きが強まっています。最終的にこの文言は法務省によって削除されましたが、新しい中絶法には代理母出産は「女性に対する性的暴行」と見なされることがしっかりと示されています。そもそも2006年からスペインでは代理母を法律で認めておらず、外国からスペイン向けて代理母出産に関する広告宣伝を行うことすらも禁止されているのです。
平等省イレネ・モンテロ大臣(ポデモス党・左派)は記者の取材に対して「スペインの法律では代理母は女性への暴力とされています。代理母の裏側には貧困や差別があることをメディアの皆さんにはしっかり報道していただきたい」と代理母出産に関してキッパリと否定的な態度を示しました。財務省マリア・ヘスス大臣(社会労働党・中道左派)も「代理母は女性搾取の一つです」と代理母を認めない姿勢。教育省ピラール・アレグリア大臣(社会労働党・中道左派)は「これは女性搾取であり子供に害を与える行為です。これは私個人の意見ではなく、最高裁の判決です」と代理母出産が法律で禁止されていることを強調しました。
右派のVOX党、中道右派の国民党も当初は反対の姿勢を示していましたが、中道右派のシウダダノス党は「25歳から45歳で妊娠が身体的に不可能な場合」などの条件付きで代理母出産を合法にするべきという意見を明らかにし、それを受けて国民党もこの合法化については議論の余地があるとして意見を改めています。
一方スペインの主要メディアEl Mundoはツイッターで一般向けにアンケート調査を実施し、その結果反対派が全体の71.6%を占めることが分かりました。
¿Estás a favor de la gestación subrogada?
-- EL MUNDO (@elmundoes) March 29, 2023
国によって分かれる価値観
代理母出産が法律で認められている国は少なくなく、ウクライナ、メキシコ、タイ、アメリカの一部の州など多くの国で代理母は合法となっています(条件付きの場合あり)。一方、日本では法整備がされていないため国内で代理母を雇うことは基本的にできません。
このニュースが報道された翌日に友人グループと食事に行きましたが、早速「ねぇ、アナ・オブレゴンについてどう思う?」と友人の一人が話題を持ちかけ、しばらくそのテーマについて話す時間がありました。グループ全員が「要は子供を買ったんでしょ」「金持ちが格差を利用している」と代理母出産に対して全面的に反対の姿勢を見せている中、「君はどう思う?」と私の意見を求められ少し考え込んでしまいました。確かに「貧しい女性が代理母を引き受け、お金持ちがまとまった報酬を渡す」という構図は貧困や差別を連想させますし、「お金で子供を買う」という言葉も間違ってはいないと思います。しかし、長年不妊治療を行ってもどうしても授かれなかった夫婦が最後の頼みの綱として代理母出産を選んだり、そんな夫婦を助けたいという想いで代理母を無償で引き受ける場合の代理母出産については全否定はできないなと思うのです。日本で代理母出産についての議論をあまり聞いたことがなかったので、代理母の存在は知っていてもそれについてどう思うかはこれまで考えたことありませんでした。今回この「アナ・オブレゴン騒動」をきっかけにいろんな意見を聞いて代理母出産についてじっくり考えてみましたが、結局自分の中ではまだ賛成か反対か答えが見出せずにいます。「高齢出産」「不妊治療」「格差社会」「人権」様々なファクターが絡む代理母出産の議論ですが、これからスペインでどの様に話し合いが行われていくのか非常に興味深いところです。
著者プロフィール
- 松尾彩香
2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。
Twitter: @maon_maon_maon