スペインあれこれつまみ食い
管理職を4割以上女性に スペインで法制化される女性の権利と問題点
先月の投稿でスペインにおける同性婚の価値観や、LGBTに関する新しい法律「トランス法」について紹介しました。ジェンダー平等や多様性に敏感で次々に新しい法律を制定しているスペインですが、そのスピード感ゆえに国民の理解が追いついていなかったり、そもそも法律そのものに抜け目があったりと問題も多く、これらの動きに疑問の声も多く上がっています。そんな中サンチェス首相は今月7日、また新たにジェンダーギャップに改善に向けた法律を承認したことを発表しました。
管理職4割以上を女性に
ジェンダー平等を目的とした新しい法律、平等法(Ley de paridad)。この法律では、大企業や国会などの意思決定を行うポジションにおいて、男性と女性との双方の割合が4割以上を占めることが求められるようになります。サンチェス首相はこの法案の承認を発表するスピーチで「女性が社会の半分を占めているのであれば、政治や経済における権力も女性が半分握らなければいけない」と述べ、会場に訪れた支持者からは大きな拍手が沸き起こりました。
女性の閣僚が多いスペイン
毎年世界経済フォーラムが発表する「ジェンダーギャップ指数報告書」の2022年版によると、スペインの順位は146ヵ国中17位。世界トップとまではいかないものの、116位の日本と比較すると男女格差がかなり少ない国と言えるでしょう。実際、スペイン現政権の閣僚22人のうち64%に当たる14人は女性で、新しい平等法を適用させると女性閣僚1人を男性に置き換える必要があるほど、スペインは女性の社会進出が進んでいる国なのです。また上場企業の女性管理職の割合も現段階で37,47%と、既に4割に近い数字を占めています。
一定の男女比率で人数を割り当てるクオータ制の導入は、立場が弱いとされる女性の社会進出を後押しする一方で、個人の能力より性別の割合が優先され逆差別を生んでしまうというデメリットがあると言われています。既に能力のある女性がどんどん重要なポジションに就くことができているスペインで、果たしてこの法律を制定する必要性があったのかと一部の国民から疑問の声も上がっているようです。
ちなみに、スペインの首都であるマドリードのトップにあたる州首相は女性。後日、この新しい平等法についてコメントを求められたアユソ州首相は「これまで数年にわたって女性が州政府を率いてきたマドリードではこの法律は必要ないですが。まぁもし何かしないといけないのであれば、今は自己判断で性別も決められるわけですし、オソリオ副首相(男性)やロペス大臣(男性)に女性になってもらってマドリード市民の生活を改善しましょうかね。」と、今月から試行が開始されたトランス法と併せて皮肉に満ちたコメントを残しています。
トランス法その後・・・
アユソ州首相が会見で皮肉ったトランス法。12歳から診断書の提出やホルモン治療をしなくても性別が変えることができるというこの法律は今月2日から施行され、既に多くの希望者が性別変更手続きを行っています。しかし、以前の投稿でも紹介したようにこの法律は多くの国民から悪用の可能性があるとして支持されていません。地元メディアLa Razónが今月10日に掲載した記事によると、法制定前は性別変更を希望する男女比にさほど違いがなかったのにも関わらず、自己決定で変更可能となった今では女性に性別を変更したいと申し出る男性が9割を占めているというのです。さらにその多くの男性が名前の変更は希望していないということから戸籍登録所の職員は悪用の可能性を疑っていると記事には書かれています。しかし、希望者に疑いを持って質問することは差別とみなされる可能性があるため、窓口で悪用を防ぐこと事実上不可能でしょう。
チャンネル登録者数17万人を抱えるYouTuberであるイノセンテ ドゥケは、このトランス法が承認される前の1月に性別変更手続きを行ない法的に女性になりました。ドゥケが変更手続きを行なった時はトランス法は適用されていなかったためプロセスは現在より複雑で時間がかかるものだったようですが、性別の自己決定によってドゥケは法的に女性となったのです。しかしドゥケの見た目や言動は完全に男性。トランス法が施行された今、多くのメディアがドゥケにインタビューを行なっていますが、ドゥケは「私は自分のことを女性だと思っていますよ。すべての男性はこの手続きを行うべきです。それによって本当に平等が生まれるのですから。」と意味深に語ります。もう一人、178万人の登録者を抱えるロマ・ガジャルドというYouTuberもドゥケと同じ時期に性別を女性に変えています。これまで散々フェミニズムを批判し、フェミニストを論破していくというコンテンツを作りづづけてきたロマがトランスジェンダーであるという可能性は低いと考えられますが、ドゥケやロマが「私は女性です。」と主張する限り彼女らは女性なのです。これだけ簡単に誰にも咎められることなく性別を変えることができるスペインで、果たして平等法はうまく機能するのかどうか疑問が残ります。
過激な平等省についていけない国民たち
スペインではこういったジェンダーに関する法律がどんどん成立されていく一方で、これらのムーブメントを率いている平等省に対して国民からの批判の声が高まっています。その主な理由の一つとして、平等省のイレネ・モンテロ大臣が去年成立させた「イエスはイエスだけ法(Ley solo sí es sí)」があげられるでしょう。この法律には「6年〜12年だった性犯罪の刑期を4年〜12年に広げる」という内容が織り込まれているのですが、最短刑期を下げてしまったことで既に収監されている性犯罪者に減刑のメリットを与えてしまったのです。実際にこの法律が施行されてからこれまで700人以上の性犯罪者に対して減刑が行われ、数百人の受刑者が当初告げられていた受刑年数を満了する前に釈放されました。法律に抜けがあることが分かった時点で謝罪や修正を行えばよかったのですが、彼女はこれを「裁判官が悪意を持って減刑しているのだ」と言い張り法律の不備を全く認めず、それどころか逆に批判の声を上げる人々に向かって攻撃的に反論を行うため、彼女に対してマイナスの印象を持つ国民がじわじわと増えているのです。さらに平等省の副大臣であるアンへラ・ロドリゲス・パム氏は先日、トランス法の悪用問題について「男性は性暴力を行うために戸籍登録所で性別変更する必要はありません。彼らはすでにレイプ犯ですから。残念ながらこの国では特にね。」と男性全般をレイプ犯と呼んだことで現在話題になっています。最近の平等省の過激エピソードはここには書き切れないほどあるのですが、こういった行き過ぎた言動や法律のツメの甘さに平等省どころかフェミニズム自体に強い拒否感を覚える人はこの国には少なくありません。一人の友人は「昔のフェミニズムと今のフェミニズムは変わってしまった。以前は左派も右派も女性の権利を訴えていたけど、今のフェミニズムは左派が振りかざす政治の武器みたいになってしまっている。」と言います。そもそもフェミニズムとは何なのか、一体何と戦っているのか、今の平等省を側から見ているとそんな疑問が頭をよぎってきます。
著者プロフィール
- 松尾彩香
2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。
Twitter: @maon_maon_maon