World Voice

England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

ペルシャ音楽でロンドンからイランを想う

 休憩の後、ロハーニがステージに登場すると、やはり立ち上がった観客から大きな拍手がわき起こり、「大好きー」の歓声もひっきりなしに飛んだ。それに応えるように、ロハーニも少し派手めのパフォーマンスやおもしろトーク(通訳してもらって半分ぐらいは理解)で客席を大いに沸かせた。

 会場がますます盛り上がってくると、シリンがわたしに向かって突然、「ねえ、こうやって指を鳴らすの、知ってる?」とささやいた。そして不思議な形に両手を組むと、パチン! といい音をさせた。

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あんまりびっくりしたので皆さんにもお見せしたくて、後日シリンにもう一度、指パッチンをお願いした。けれど動画がうまく撮れていませんでした、すみません。なんというか、この状態で手前の人差し指をもうひとつの人差し指で手首側にこするとパチン! といい音がするのです。わたしがやってみるとカスっという音しかしなくて、つい練習してしまう。筆者撮影

 不思議な指パッチンに驚くわたしを見る彼女は嬉しそうで、どこか得意げだった。年上でいつも穏やかな彼女から想像できないほど無邪気な表情をしている。イランのイスファハンで指を鳴らす練習をしている少女の姿が目に浮かんだ。

 思えばシリンは、わたしが渡英した翌日から、慣れないことはないか、困ったことはないか、と、いつも温かく気遣ってくれた。そうしてもらううち、彼女がロンドンにいることを当然と思っていたけれど、彼女だって17歳でイランを離れていて、しかもその後は一度も戻っていない。自分のことに精一杯で、大切な友人のこれまでに思い至ることができなかったなあ。夫がイランを旅行した時の写真を見て涙ぐんだと聞いていたのに。

 コンサートも終わりに近づいた頃、気がつくと隣でシリンはシャジャリヤーンに合わせて歌っていた。あまりに小さな声なので、わたしは横目で彼女の唇が静かに動くのを確かめた。ふいに彼女を抱きしめたい気持ちに襲われたけれど、だめだめ、そんなことしたら二人とも大声で泣いちゃうよ。

 帰り際、シリンは、「一緒に来られてすごくよかった、ありがとう」と強くハグしてくれた。わたしもぎゅっと抱きしめ返した。彼女はそのままくるりと背中を向けると、マイケルと手をつないで、いつもより足早に歩いて行った。

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終演後のロイヤル・アルバート・ホール。ヴィクトリア朝時代の壮麗な建物で、ライトアップされた夜の景色はまた格別。筆者撮影
 

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著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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