England Swings!
エリザベス女王の葬儀を終えたロンドンから
9月8日、エリザベス女王が96歳で亡くなった。
亡くなったスコットランドやロンドンでのさまざまな行事の後、19日に立派な葬儀が行われ、周りはやっと日常に戻りつつある。
女王の訃報はわりと突然に訪れた。即位70年、プラチナジュビリーのお祝いをした時(ほんの3か月前!)から体調がよくないとは聞いていたけれど、お姿は何度か見かけていたし、体調は詳しく報じられなかった。それに、亡くなるたった2日前にはリズ・トラス新首相を任命したばかりだったのだ。その日に公開された写真の女王は、さすがに元気はつらつには見えなかったけれど、微笑んでいた。
健康が著しく心配されると報じられたのも亡くなった当日の昼過ぎのことで、午後はテレビも特別番組に切り替わった。司会者がすでに黒ネクタイを締めていたので緊張が伝わり、落ち着かない午後を過ごした。そして午後6時30分、訃報が伝えられた。
国歌の入ったロングバージョンです。
-- BBC News Japan (@bbcnewsjapan) September 9, 2022
BBCニュース - 英エリザベス女王が死去、一報が入った瞬間のBBC報道https://t.co/oxuDjFBZrg pic.twitter.com/cIyhmgHNMn
エリザベス女王の70年という在位期間は英国史上最長、世界でも第2位だ。その名前は世界に知れ渡っていたし、英連邦に加盟する56か国も率いていたので、女王の逝去を嘆く声は世界中で聞かれた。国営放送BBCによると、世界の人口の94%は女王の即位後に生まれたそうだから、ほとんどの人にとってはエリザベス女王は「生まれた時からずっと女王」だった。訃報を受けて、「(人はいつか亡くなると)頭ではわかっていても、エリザベス女王は一生そこにいてくれる気がしていた」と話した人がなんと多かったことか。わたしもそう感じていた。英国がまだ戦後復興期にあった1952年に即位した女王は「英国の礎」「国の錨」とも形容されたし、「自分の母親/おばあちゃんのように思っていた」「自分のアイデンティティーの一部を失ってしまったよう」という声もよく聞いた。
もちろん、植民地時代の歴史などもあって、女王はすべての人から愛されていたわけではない。ただ、そういう人たちの間でも、強い義務感で公務に尽くしたエリザベス女王は一目置かれていたように思う。先日も、君主制絶対反対の友人が「女王が亡くなって動揺している」と言ったので驚いてしまった。君主制に反対でも、女王個人には好意を持っていたそうだ。特に高齢になってからの女王は、お茶目なおばあちゃんとしても世界で人気が高まっていた(最後に動画付きの記事をご紹介します)。
亡くなってから葬儀までの10日間は国をあげた服喪期間になった。報道番組ではもちろん、メディア出演者のほとんどが喪服を身につけ、女王の人生を振り返る特別番組、特別記事が続いた。女王の棺が移動するたびに、複数のチャンネルで生中継が行われた。儀式だけでなく、スコットランドの田舎道をひたすら霊柩車が走るだけでもだ。どこに行っても、沿道には女王にお別れをする市民が集まった。
服喪中、学校や仕事、店、レストランなどは基本的に通常どおりだったけれど、王室御用達の店を中心に、自主的に休業したところもあった。営業していても店頭に黒幕、白い花、女王の写真、お悔やみの言葉を出したところや、ウェブサイトやメーリングリストでお悔やみのメッセージを発信した企業も多く、大使館やホテルなどに掲げられた旗は半旗になった。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile