England Swings!
エリザベス女王の葬儀を終えたロンドンから
亡くなった翌日から最初の週末にかけては、コンサートやフードフェスティバルなどのさまざまなイベントが中止になった。プロスポーツの試合も延期され、特にサッカーはその期間が長引いた。理由は、1966年にW杯の優勝杯を女王がイングランドチームに授けて関わりが深いから、熱烈なサッカーファンであるウィリアム新皇太子に配慮したから、警察官が葬儀の警備に駆り出されて試合の警備が手薄になるから、などらしい。確かにゴルフやクリケットで警察官が出てくる場面はほとんどないけれど、サッカーでは残念ながらたまにあるのだ。
ちなみに、わたしが生まれて初めて行くはずだった女子サッカーの試合も延期になった。話を聞いた時にはがっかりしたけれど、eチケットの振り替えは簡単だったし、今では忘れられない思い出ができたと思っている。
女王の葬儀に向けた行事や儀式を何かの形でご覧になった方は多いと思う。王家の国葬を現地で経験するのは初めてだったので、厳かな雰囲気、鮮やかな色彩や様式美に見入ってしまった。まるでタイムスリップしたか、映画を観ているかのようだった。
さまざまな行事の中でも気になったのが一般弔問だった。女王に敬意を表し、お別れをするために、一般市民が安置された女王の棺を訪れるのだけれど、市民と棺との距離がとても近い。10メートルもなさそうだ。昭和天皇ご崩御の時のことはうろ覚えだけれど、確か日本では一般人は棺に簡単に近づけなかったのではないかしら。この一般弔問は1965年のウィンストン・チャーチル元首相の国葬でも行われたそうだ。エリザベス女王の弔問に訪れた人数は、暫定で75万人と発表されている。
エリザベス女王の棺はエディンバラでは1日だけ、ロンドンで4日間、24時間通して公開されて、その様子はYouTubeでずっと生配信されていた。さすが2022年だ(残念ながら今は視聴できない)。
撮影も私語も禁止の静まり返ったホールで、市民が棺の脇を通りすぎ、ときどき不寝番の兵士が交代するだけの映像だったけれど、これが大人気だった。750万件のアクセスがあったそうで、実はわたしも夢中になって見ていた。考えてみると、まずはその場に行ったつもりになれること、それから清く静謐な時間に心が癒され、お悔やみの気持ちをその場の人たちと共有している感覚が味わえることがよかったのではないかと思う。
老若男女、さまざまな人が弔問していた。白人、黒人、アジア人、旅行者に見える人、杖をついた人、子どもどころか赤ちゃんを連れた人。それぞれが思い思いのやり方で棺の脇を通る。立ち止まって一礼する、目をつぶってうつむく、膝を折って身を低くする西洋式のお辞儀をする、手を合わせる、投げキスをする、十字を切る、手を振る、敬礼する、さらりと通り過ぎる、などなど。女王にお別れを言いながら、自分の人生を振り返っているようにも見えてしまい、一人一人の話を聞きたくなった。
The Queen's grandchildren hold a Vigil beside Her Majesty's coffin at Westminster Hall. pic.twitter.com/lChZW6OdIP
-- The Royal Family (@RoyalFamily) September 17, 2022
弔問会場に入るまでの長い長い行列も、「ザ・キュー(世界でひとつだけの行列)」と呼ばれて、大きな話題になった。ザ・キューは最長9キロ近く、歩くだけで1時間半ぐらいかかる距離におよび、最長の待ち時間は24時間ほど。時間帯によっては夜通し並ばなければならなかった。しかも意外に速いペースで進むようなので、椅子に座ったり休んだりはできそうにない。それでもたくさんの人が並び、ザ・キューを眺めるために出かける人さえいた。
報道を見ていると、ザ・キューにはどこかほのぼのした雰囲気が漂っていた。英国では知らない同士でもよくおしゃべりを始めるけれど、待ち時間が長いので、おしゃべりどころか、周りで食べものを分け合ったり、お互いを慰めたり励ましたりしていたそうだ。ここで出会って、一緒に女王の葬儀に出かけることにしたという男女のほほえましいエピソードも紹介された。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile