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England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

サッカーEURO2020での3つの問題と、そこに見た希望

 今回の騒ぎはネット上でその夜のうちに広まり、コメントはすぐに削除されたが、スポーツ選手や著名人、一般人を含めて、社会全体から強く非難された。「こういう卑劣な行為は受け入れられない」「彼らは夢を与えてくれたヒーローだ」という意見にイングランドサッカー協会やジョンソン首相も加わり、代表キャプテンのハリー・ケインは「そんなことをするファンなら要らない」とまで発言している。

 SNSへの書き込みと同時に、ラッシュフォードの出身地にある彼の壁画への落書きが見つかった。気づいた人がすぐに黒いゴミ袋で覆ったところ、それを隠すかのように一般の人たちが花やカードを飾り始めた。メッセージは「大好き」「応援してる」「スパイクを履いたヒーロー」「希望をくれてありがとう」とポジティブなものばかり。壁画が修復された後もメッセージは残されたが、大雨に濡れたので外され、デジタル化してこちらに永久保存されている(クリックで拡大して、すべてのメッセージを読むことができます)。落書きの内容は明かされていないが、警察では人種差別と直接の関係はないとしている。

花やメッセージで飾られたラッシュフォードの壁画。この場には大人も子どもも集まって、ほのぼのした雰囲気になったそうで、本人も「感激です、ありがとう」とツイートしている。

 この人種差別的中傷でもすでに逮捕者が出ているが、サッカー協会も詳しい調査を進めている。SNS各社には不適切なコメントをはじくシステムの導入がこれまで以上に強く求められ、政府も中傷行為をした者には今後サッカー観戦を禁止することを検討している。

トラブルの中で見た希望

 今回はなんだかネガティブな話題になってしまったが、トラブルの中で若い力が光って見えたことは忘れずにいたい。彼らにこれからの希望があると信じたい。

 今大会のイングランド代表は若いチームだ。社会に対する意識が高く、それぞれに慈善活動をしているほか、優勝したら賞金の一部をNHSに寄付すると発表していたし(税金の関係で詳細未発表)、LGBTQ+の理解が薄い国への抗議としてキャプテンの腕章をレインボーカラーにしたこともあった。彼らは人気者として子どもたちや社会に与える影響をよくわかっているのだと感じる。

 彼らの多くは来年のワールドカップにも出場するだろう。あまり重荷を背負わせてはいけないけれど、優勝への夢や苦い敗北を経験した若い選手たちが、たとえばロールモデルとして社会に明るい影響を与えてくれるといいなあと期待を寄せている。

 それに子どもたち。中傷騒ぎの後にファンの子どもたちがラッシュフォードに送った手紙には、「あなたはすばらしい」「ぼくのヒーロー」「シュートを外したってこの世の終わりじゃないよ」という励ましの言葉があふれていた。実はこの言葉は、彼自身がいつも子どもたちにかけている言葉だ。人を受け入れる言葉を聞いた子どもたちが、苦しい立場に立った彼に同じ言葉をかけて慰める。まさに情けは人のためならず。ラッシュフォードの優しさが子どもたちの中を通って、また彼に戻っていったことに感激する。やるなあ、英国の子どもたち。優しさを浴びた子どもたちがこのまま健やかに成長して、自分の夢を叶えながら人を思いやる社会を築いてくれますように。そのために大人のわたしたちができることも考えていきたい。

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筆者撮影

今日のおまけ:EURO2020にどんどんはまっていったわたしを見て、マンチェスター・ユナイテッドの公式チームTシャツを夫が買ってくれた。ラッシュフォードの名前と背番号が入っている。むふふふ。

今回受けた中傷の後に彼は、「シュートについての批判なら何でも聴く。あれは入れるべきだった。でも自分が何者であるかについて謝るつもりはまったくない」とコメントして多くの人に支持されている。前にも「黒人であることを誇りに思っている」「差別的な発言の内容は明かさない。若い人たちの目にさらしたくないから」と発言したこともある。誠実で誇り高いラッシュフォード選手をこれからも応援します!

 

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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