England Swings!
コロナ禍の結婚式に参列
太陽がまぶしくて暑かった7月、夫の娘の結婚式に参列した。コロナ禍でいろいろ制限のあるなか、それがかえっておもしろい経験になったので、今日はその話をしてみたい。
(ウェディングケーキは娘が好きなキャロットケーキ。ケーキに乗っているのが本物のニンジンというのが手作り結婚式という感じでほほえましかった。筆者撮影)
結婚したのは、夫が最初に結婚した時の娘とそのボーイフレンド。2人は長いつきあいで、もう一緒に暮らしてもいた。結婚にこだわる時代でもないし、このままでいくのだろうと勝手に思っていたのだけれど、今年の初めに「彼にプロポーズしようと思う」と娘から打ち明けられた。うるう年には女性からプロポーズできるから、と。このうるう年の話は聞いたことがあったのだが、調べてみると古いアイルランドの伝統だそうで、周りにも知っている人が多かった(そういえば『リープ・イヤー』というラブコメ映画もありましたね)。
その後は娘から計画を聞くたびにどきどきし、わたしたち夫婦まで大興奮しながら2月29日を迎えた。娘は彼を郊外のロマンティックな場所に連れ出してプロポーズして、彼はそれをすぐに受け入れた。こうして2人はめでたく結婚することになり、日取りもすぐに5月と決まった。
(結婚式をする登記所は歴史的な建物であることも多いらしい。ここもとてもすてきな建物だった。筆者撮影)
ところが、3月後半から英国では新型コロナウィルスの感染が拡大してロックダウン状態になったので、結婚式も延期になってしまった。この国では日本のように婚姻届を提出するだけで結婚することはできない。教会などで挙式をしない場合でも、少なくとも本人たちが立会人と一緒に地域のRegistry Office(登記所のようなところ)に出かけて行って、その場で簡単なセレモニーと署名をすることが必要だ。つまり結婚するというだけでどうしても何人かが集まることになるので、ロックダウン下で結婚式はできなかったのだ。
やがて規制が少し緩むと、参列者は30人までという条件付きで結婚式が許されることになった(これは7月の時点の話で、9月末現在は15人に減りました)。このニュースを聞いても、コロナ騒動が落ち着くまで2人は式を延期するものだとなんとなくわたしは思っていた。特別なプロポーズをしたとはいえ、もうずいぶん前から一緒に住んでいるのだし、2人とも大勢でパーティーをしたいんじゃないかと思ったからだ。何も規制を受けてまで結婚を急ぐことはないではないか。
(登記所の建物は大きな公園に続いていて、まるで大邸宅で結婚式をしている気分になれた。筆者撮影)
しかし2人はあきらめなかった。一番簡単な登記所での結婚式を選んだ彼らは、内部でも混乱している役所の対応や、土壇場で延期になるかもしれない可能性を根気強く受け入れた。日取りが7月に決まってからも話が二転三転して、決行が確定したのは式のほんの10日くらい前だったと思う。周りもひやひやだったが、本人たちも本当に我慢強かったと思う。実は娘をちょっと見直してしまったくらいだ。
最終的に、式を挙げる部屋に入れるのは本人たちと立会人2人だけということになった。政府の規則では参列者は30人だったが、娘が住む町の役所の建物には、ソーシャルディスタンスを保ちながらそれだけの人数は入れないのだそうだ。ということは、立会人以外は結婚式を見られないことになる。それは参列と言うのかしらん、と戸惑っていると、娘は「他の人は外から部屋をのぞくんだよ」とおかしそうに笑った。建物の外には広い公園に続く庭があって、立会人以外の参列者はその庭から室内の結婚式を「見守れる」ということだった。そう聞いてもなんだかぴんとこなかったし、式は月曜日の夕方4時という中途半端な時間に設定されているしで、なんとなくふわふわした気持ちで当日を迎えた。
(庭には夏の花が咲き乱れていた。筆者撮影)
当日、午後3時半頃に登記所の庭に到着すると、本人たちはすでに建物の中にいて、花婿が窓から手を振ってくれた。庭にはおそらく彼のご家族と思われる人が2、3人集まっていたが、紹介してもらえるわけではないので誰なのかよくわからない。やがて花婿にそっくりな男性が現れたので、彼のお父さんだろうと目星をつけて夫とあいさつに行った。親同士が当日に自己紹介し合うなんて、なんだか不思議な結婚式だ。
写真を撮ってくれる女性を含めて参列者17人が揃ったところで、役所の人が窓から顔を出して「そろそろ始めますのでお集まりください」と声をかけてくれた。
実際に窓の外に立ってみると、建物と庭との間にはずいぶん距離があって、室内の様子はほとんど見えなかったし、声も聞こえなかった(役所の人はそのあたり、どう思っていたんだろう?)。ソーシャルディスタンスを考えるとお互いにそう近づくわけにもいかないので、できるだけ近い親族の人に前に行ってもらい、わたしは窓をのぞき込む参列者や庭に植わっている鮮やかな夏の花を後ろの方からながめた。
(筆者撮影)
わたしにとって謎の静かな30分が過ぎた。やがて式を終えたらしい新郎新婦が窓から顔を出して、こちらに手を振り始めた。2人が庭に出てくると、今度はそのまま庭で写真撮影。英語でよく晴れて陽射しがまぶしい午後のことをgolden afternoon(黄金の午後)と言うが、この日はまさに太陽の光であたり一面が金色に輝いていた。ヨーロッパの夏の夕方は、日本の午後ぐらいの感覚で明るい。あわてて買ったという娘の白いドレスも、太陽と庭の緑に映えて光って見えた。
(ロングドレスを着た人もカジュアル服の人もいる自由な雰囲気。筆者撮影)
その後は役所のすぐ隣にあるカフェで簡単な披露宴。と言っても本当に簡単なピクニック風パーティーだった。テラスには椅子やクッションが出されて、ピクニック風な軽いおつまみとともにスパークリングワインを飲んでのおしゃべり。途中からは仕事を終えた友だちが5、6人加わってくれたものの、やはり人数は少ないので新郎新婦を含めてほぼ全員とゆっくり話せるアットホームなよい会だった。
(披露宴会場になったカフェのテラス。ファーストダンスもケーキカットもすべて屋外で。筆者撮影)
カフェの近くでは若いお兄さんがギターの弾き語りをしていて、優しい歌声が心地よくて結婚式にぴったり。いいバスカーが偶然いてくれてラッキーだったね、と娘に言ったら、彼は結婚式のために演奏しているのだと教えてくれた。その前の週末に町の商店街で歌っていたところを娘と彼がスカウトしたそうだ。決行が確定してから式の日まで、2人があちこち走り回った姿が目に浮かんでほほえましかった。
ふと見ると公園で犬の散歩をしている人がこちらの写真を撮っている。そうだよね、ロックダウン中の結婚式は珍しいもんね、と思ったら、こちらは仕事を終えて近所からかけつけてくれた娘の友だちだった。犬を連れてほぼ普段着で結婚披露宴に参加するなんて、これまたなんてほほえましいことか。新郎新婦のファーストダンスでは娘がハイヒールを脱いで踊ったり、花でも人形でもなく本物のにんじんが乗ったキャロットケーキがウェディングケーキだったり、気取らない2人らしいアットホームな披露宴だった。
(ワンちゃん連れの友だちもかけつけてくれて、ますます和みムードに。筆者撮影)
娘の結婚式がパンデミックのおかげで制限を受けたことは、実は悪いことばかりではなかったのかもしれない。この日集まったのは新郎新婦の近い家族と本当に親しい友達だけ。だからこそお祝いムードが増して温かい集まりになった気がする。始まるまではひと騒動だったものの、ふたを開けてみるとお天気にも恵まれて、なんだかおもしろくて思い出深い、とてもよい結婚式になった。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile